紀州藩の政治と社会
笠原正夫著
本書は、第一章「領主と藩政」、第二章「支配組織と民衆の動向」、第三章「幕藩体制と寺社」、第四章「生産と流通」という構成をとっている。『南紀徳川史』以外にまとまった藩政史料が存在しないなかで、著者は地域の史料を掘り起こし活用することから、紀州藩政史を構築するという手法をとる。それは、第一章にも反映されているが、とりわけ第二章以下においてみられるように、藩政史を政治史的叙述のみに偏らせない、社会・経済史的視点も加えた本書の深みとなっている。









  著者の関連書籍
  笠原正夫著 近世熊野の民衆と地域社会




ISBN4-7924-0526-2 (2002.9) A5 判 上製本 408頁 本体9800円
■本書の構成


序章

第一章 領主と藩政
  第一節 徳川頼宣の入国と伊勢・熊野地方の支配/第二節 徳川光貞の藩政/第三節 徳川宗直の藩政と熊野地方/第四節 徳川治貞と荒廃期の紀州藩/第五節 徳川治宝と藩政

第二章 支配組織と民衆の動向
   第一節 「公文」から「大庄屋」へ/第二節 田辺領と新宮領/第三節 湯橋吉良太夫里通の訴状一件(ある地士の生活意識について)/第四節 田辺町方の騒擾について/第五節 第二次幕長戦争の在夫徴発と田辺町方

第三章 幕藩体制と寺社
   第一節 江戸幕府による寺院支配の完成(元禄期高野山行人派僉議一件)/第二節 本宮権現社の再建と社中

第四章 生産と流通
   第一節 田辺城下の魚仲間/第二節 紀州藩の殖産政策と蝋燭仲間/第三節 宝暦期折敷仲間の結成と展開/第四節 近世都市商人雑賀屋の動向

終章




  地域史研究の最前線

和歌山大学名誉教授 安藤精一

 著者の笠原正夫氏はすでに『近世漁村の史的研究−紀州の漁村を素材として−』(名著出版) を出版し好評を得ている。同氏はこれにつづいて、するどい問題意識と、徹底した実証主義にもとづいて、燃ゆるがごとき情熱とあくなき探究心をもって、今回『紀州藩の政治と社会』( 清文堂出版) を出版されることになった。学界のためによろこびにたえない。
 美しい緑の日本列島の中で、本州最大・最南端の紀伊半島の南西部をしめる紀州藩は海と山と川の地域的特性がある。近世は浅野氏につづいて、御三家紀州藩という政治的特色を持っている。
 本書は徳川家康の十男頼宣に始り、八代将軍吉宗を生みだした御三家紀州藩の研究である。著者は、和歌山県史・和歌山市史・田辺市史等々県下の地方史の編纂にあたり、可能なかぎりの広範囲にわたる史料調査をされた。その結果にもとづき研究史を明らかにした上での最新の研究成果であることに特色がある。
 第一章「領主と藩政」では頼宣の紀州への配置がえの意味や光貞の法治主義や人材の登用や開発に注目し、宗直の殖産政策の推進や御仕入方の拡大と改革を評価し、治貞の学問重視を明らかにし、治宝の重商政策や藩政改革を詳述する。
 第二章「支配組織と民衆の動向」では田辺領・新宮領の大庄屋などの諸制度を明らかにし、近世中期以降の民衆の動向について述べている。
 第三章「幕藩体制と寺社」では高野山と熊野三山をとりあげて興味深いものがある。
 第四章「生産と流通」では田辺城下の魚仲問、田中善吉の櫨樹栽培、蝋燭の生産と流通、海南漆器の折敷仲間の結成と展開、和歌山城下の材木商雑賀屋の発展を詳述している。
 以上簡単に紹介したように多方面にわたって、極めて多忙な中に長年の研究成果をまとめられたことに対し、心からなる敬意を表したい。



  地域の史料の掘り起こしから紀州藩政史を構築


東京大学史料編纂所教授 佐藤孝之

 紀州藩は、いうまでもなく御三家のひとつ紀伊徳川家を藩主とする親藩である。これまで紀州藩を対象にした、あるいは紀州藩に素材を求めた研究は相当数に上る。しかし、なぜか紀州藩の藩政史をまとめた研究書はみられなかった。そうしたなか、このたび笠原正夫氏による『紀州藩の政治と社会』が上梓されたことで、私たちは漸くにして待望の書を得たことになる。
 本書は、第一章「領主と藩政」、第二章「支配組織と民衆の動向」、第三章「幕藩体制と寺社」、第四章「生産と流通」という構成をとっている。『南紀徳川史』以外にまとまった藩政史料が存在しないなかで、著者は地域の史料を掘り起こし活用することから、紀州藩政史を構築するという手法をとられた。それは、第一章にも反映されているが、とりわけ第二章以下においてみられるように、藩政史を政治史的叙述のみに偏らせない、社会・経済史的視点も加えた本書の深みとなっている。
 本書で検討されている大庄屋の位置付け、藩中藩ともいえる田辺領・新宮領のあり方、高野山と熊野三社権現をめぐる動向などは、幕藩制に関わる問題を含むとともに、紀州という地域の特質を示すことがらでもある。そのほか様々な地域の問題が扱われており、そうした意味では、本書は紀州地域史の研究成果ともいえる。
 著者の笠原氏は、地元紀州に生まれ育ち、長年紀州をフィールドに研究を積み重ねてこられ、和歌山県史・和歌山市史・海南市史・田辺市史・新宮市史などの編纂に携わり、紀州の地域史、紀州藩の歴史に精通されている。まさに、最もふさわしい人によって紀州藩政史が纏められたといえる。本書の刊行を心より歓迎するとともに、藩政史はもとより、広く近世史・地域史を学ぶ方々にお薦めしたい。


※所属・肩書き等は、本書刊行時のものです。