熊野三山と熊野別当
阪本敏行著

熊野別当と一族から新たな熊野三山史を描く

■本書の構成
序論 熊野三山・熊野別当家研究史と本書の構成
第一部 熊野三山の統括組織
一章 中世前期の熊野三山統括組織の実態とその変遷
二章 中世後期の熊野那智一山組織の実態と変遷―両執行職をめぐって―
三章 熊野那智の一山組織と米良氏・川関遺跡・藤倉城
四章 熊野那智大社社僧の系譜―『熊野那智大社文書』などを典拠として―
特論 熊野三山大仏師良円と西大寺教団の動向

第二部 熊野別当家の政治的役割とその展開
一章 十二世紀前半の熊野別当家をめぐる諸情勢―『僧綱補任』の熊野関係記事を中心にして―
二章 熊野別当家嫡子・庶子家分立による在地支配の確立―三男流の長兼家による富田川中流域支配の実態―
三章 熊野別当湛快の生涯とその時代
四章 源平争乱期における熊野別当家の人々の動向―「僧綱補任残欠」寿永三年の熊野関係の記事をめぐって―
五章 寿永二年・三年における熊野別当家関係者と周辺の人々―『僧綱補任』宮内庁書陵部蔵本を中心にして―
六章 熊野別当湛増の生涯とその時代
七章 熊野権別当湛顕をめぐる政治的状況
八章 『新古今和歌集』の歌人行遍の和歌とその事跡
九章 十三世紀前期の熊野別当家をめぐる諸情勢―藤原頼資の熊野詣記および熊野参詣随従日記をつうじて―
十章 十三世紀中期の田辺地方における熊野別当勢力の動向―『吉黄記』正嘉元年閏三月二七日条の記事の分析をつうじて―
十一章 熊野権別当湛順と日向浦上氏
十二章 田辺惣領
十三章 熊野別当―まとめとして―

終論―今後の課題―
収録論文初出一覧
あとがき
人名索引




ISBN4-7924-0587-4 C3021 (2005.8) A5 判 上製本 492頁 本体12,000円
熊野三山別当家の本格的研究
慶應義塾大学名誉教授 國學院大學大学院講師 宮家 準
 熊野三山に関しては、一九二二年に宮地直一の学位論文「熊野三山を中心としたる神社の史的変遷」(一九五四年『熊野三山の史的研究』と題して刊行)以来数多くの研究者による論著が発表されてきた。けれどもその多くは熊野詣、熊野古道、師檀関係、荘園、熊野水軍、修験道に注目したもので、熊野三山の内部機構にふれたものはあまり見られなかった。特に別当家に関しては郷土史家によって「熊野別当の代々次第」や伝説をもとに論じられることが多かった。
 今般、長年にわたって別当家に焦点をおいて熊野三山の研究に携ってこられた知友の阪本敏行氏が『熊野三山と熊野別当』と題する書物を刊行された。私が同氏に最初にお会いしたのは、日本歴史学会の依頼で『熊野修験』(吉川弘文館刊)執筆の為の調査研究を始めた四半世紀も昔のことである。その折、同氏は『紀伊続風土記』『熊野年代記』「熊野別当の代々次第」などの史料はそのまま用いるべきでなく、中央の正史、「僧綱補任」日記、紀行に位置づけて検討すべきだ。また『熊野那智大社文書』全五巻も利用したいと熱っぽく語られていた。そしてその後、本書に加筆、修正のうえ収録されている諸論文を発表のたびに送って下さった。
 こうした長年にわたる研究成果を全体的にまとめられたのが本書である。その内容は、熊野三山、別当家の研究史に本書を位置づけられた序論と、第一部「熊野三山の統括組織」、第二部「熊野別当家の政治的役割とその展開」から成っている。熊野・吉野などの修験霊山では一山の大衆組織が先行し、のちに僧綱制にくみこまれていく点で中央の霊山とは違った展開を見せている。本書の第一部ではこの経緯がくわしく跡づけられている。また第二部では中央の政治・経済的動向に位置づけて、熊野三山の別当制の展開が分析されている。こうした点から本書は、熊野三山研究者のみでなく、中世寺社研究に一石を投じるきわめて貴重な研究である。それ故本書が広く読まれることによって日本宗教史研究がより一層進展することを期待したい。

『熊野三山と熊野別当』の出版をよろこぶ
関西大学名誉教授 薗田香融
 紀伊半島の南端、山深く海遠い僻遠の地に位置する熊野三山は、わが国を代表する幽邃の霊場であるが、この三山を現地において統括する最高管掌者を熊野別当という。彼らは三山に仕える法躰の社僧であるとともに、参詣客を誘引して接待・案内に当る御師として活躍し、在地に豊かな経済的基礎を築き、時には精強な武士団の長ともなった。
 平安中期から南北朝期にかけて、しばしば史上に著聞する顕著な存在であったが、その実態については不明な部分が少なくなかった。本書の著者阪本敏行氏は、早くからその実像の解明をこころざし、厖大な日記・古文書に取組むこと多年、漸く自信をもって世に問うた力作が本書である。
 本書は前後二部より成り、第一部では「熊野三山の統括組織」と題して、熊野別当とこれに関連する諸職制の成立と変遷を通観している。熊野別当は、平安中期、系図上は十五代の長快のころ、本宮を中心に成立し、やがて新宮・那智に力を及ぼし、さらに参詣道沿いの要地である田辺・石田等にも進出。とくに田辺によった湛快、湛増の父子が黄金時代を現出したが、新宮の嫡子家とは対立、分裂の状態をまねいたこと。那智では、新宮家の影響下、両執行が任じられたが、南北朝期には、潮崎・米良等の新興の御師家が台頭してその地位を奪ったこと、などを明らかにしている。
 第二部「熊野別当家の政治的役割とその展開」では、熊野別当家に属する人物や家系のうち、注目すべきものを取上げて詳細な考証をこころみ、彼らの活躍を点描している。成立期については『僧綱補任』諸本と『別当系図』の比較検討を通じて、著者持論の別当家の本宮起源説を展開し、全盛期に関しては、公家の日記類の精緻な考証を行って、数々の新知見を発掘している。さらに衰退期に関しては、那智神社所蔵の檀那関係文書の中、主要な所領譲状のいくつかを取上げて、彼らの経済活動を活写した部分が光っている。
 このように本書は、著者多年の精力的な研究成果を集成したもので、制度綜観の第一部と個別考証の第二部の両面から、熊野別当の実像に迫った野心作であり、今後その研究には必読の基本文献とされるであろう。

※所属・肩書き等は、本書刊行時のものです。