朝鮮の役と日朝城郭史の研究
異文化の遭遇・受容・変容
太田秀春著


本書の構成


序 章
第一部 朝鮮の役と日本軍の城郭
第一章 漢城における日本軍の築城
  宇喜多秀家の本陣と天守造営/三奉行と諸将の陣所/戦局の悪化と陣所の再編成
第二章 朝鮮の役における日本軍の築城観の変遷
  日本軍の侵攻と初期の築城/「つなぎの城」の築城/日本軍の築城観の変遷
第三章 伊達氏の倭城普請と織豊系城郭
  朝鮮における伊達政宗/伊達氏渡海の背景/梁山倭城と伊達政宗築城説/伊達政宗の金海竹島倭城普請/伊達氏における織豊系築城技術の受容問題
第二部 倭城と朝鮮民衆
第四章 日本軍による朝鮮住民の還住政策
  日本国内における還住政策/朝鮮における還住政策/「帖」と朝鮮住民
第五章 倭城の「城下」と「附逆」朝鮮人
  日本軍の「城下」の実態/明・朝鮮軍の「附逆」朝鮮人対策/「帖」の発給とその意義
第三部 朝鮮の役と朝鮮の城郭
第六章 朝鮮における日本城郭認識
  朝鮮における倭城認識/実学者の日本城郭認識/華城築城と日本城制
第七章 朝鮮における日本式築城の導入
  日本城郭の城制導入の背景/日本城制の導入とその展開
第八章 朝鮮の城郭における城門形態の変遷
  三国時代の城門/高麗時代の城門/朝鮮時代の城門/朝鮮の役以前における変遷/朝鮮の役後の火器の発達と城門の変遷
  終 章
  索 引




 著者の関連書籍
 太田秀春著 近代の古蹟空間と日朝関係

 平川 新編 江戸時代の政治と地域社会 全2巻

 入間田宣夫監修 講座 東北の歴史 全六巻



ISBN4-7924-0615-3 C3021 (2006.8) A5 判 上製本 416頁 本体9000円
倭城研究と日朝関係史に新たな段階を切り開いた成果
東北大学教授 平川 新
 豊臣秀吉による二度の朝鮮出兵において日本軍は、占領した朝鮮城郭を修復して陣地とし、また新たに日本式城郭を築いて軍事拠点とした。後者の数は総数三〇か所(第一次出兵期一九か所、第二次出兵期九か所、不明二か所)になるという。しかもこの日本式城郭は、一五九三年に漢城を撤退した日本軍が朝鮮半島の南海岸に集結してから建設に着手されたとのことである。韓国では、これらの日本式城郭を倭城と呼んでいる。
 倭城が築かれたこの時期、日本では織豊系の城郭が建設されていたが、これらはその後、改修が繰り返されており、原型をとどめるものは少ない。だが、朝鮮の倭城は放置されたために築城時の状態を残しているものが多いという。数年前に著者の案内でいくつかの倭城を見学したときに、私もそれを実感することができた。
 本書が示す倭城研究の特徴は、単に城郭構造を対象とするだけではなく、倭城を拠点とした住民支配のあり方をも射程に入れていることである。城下に朝鮮人を呼び戻す日本側の還住政策や、それを阻止しようとする朝鮮側の動きなどは、占領地支配の具体的様相を明らかにしたものであり、城郭史を越えた成果であるといってよい。また、「倭」城として忌み嫌った日本式城郭であったが、その防御性の高さに注目した朝鮮側は、日本式築城技術を部分的ではあれ導入したという。秀吉の侵攻は、朝鮮側にも城郭史上の変化をもたらしたのであった。
 倭城の構造を解明して日朝双方の城郭史研究にインパクトを与え、倭城をめぐる諸関係を読み解くなかで日朝関係史を新たな段階に導いたのが本書である。長年のソウル大学留学の成果がぎっしり詰まった本書を、ぜひ多くの方々にお薦めしたい。
日朝交流史に対する研究姿勢の新機軸
京都大学大学院文学研究科助教授 吉井秀夫
 はるか昔から現代に至るまで、日本列島と朝鮮半島の間に密接な交流が続いてきたことは、誰もが認めるところである。しかし、いざその交流史を語ろうとすると、我々は様々な壁にぶつかることになる。言葉の壁はひとまずおくとしても、研究者をとりまくさまざまな国内・国際的環境が、目に見える、あるいは目には見えない様々な「壁」として立ちはだかるのである。そうした壁にどのように立ち向かい、乗り越えていくのかが問われ続けるという意味において、日本と朝鮮の交流史を語ることは、現在を生きる研究者自身が、両地域の交流にどのように関わるのかを模索し続ける作業でもあるといえよう。
 今回上梓された太田秀春さんの『朝鮮の役と日朝城郭史の研究』は、日本で「文禄・慶長の役」、韓国・北朝鮮で「壬辰倭乱・丁酉再乱」と呼ばれる16世紀末の戦争が、東アジアの諸地域にどのような影響を及ぼしたかを、城郭をキーワードとして検討した労作である。この戦争によって朝鮮半島の各地に残された倭城が、日本の城郭研究において重要な遺跡であることは知られてきた。しかし、日本史の論理だけでは、倭城の調査研究や保存活用は望めない。それに対して太田さんは、倭城が、当時の朝鮮民衆にとってどのような存在であり、その後の朝鮮王朝における城郭築造技術にどのような影響を与えたのかを示すことにより、倭城が、朝鮮史を考える上でも重要な遺跡であることを明らかにした。日本は当然のこと、韓国・北朝鮮における先行研究も丹念に検討し、さらに現地調査により知見を深めていることが、その議論を支えていることはいうまでもない。こうした研究姿勢は、私のように考古学を専攻する者にとっても学ぶべき点が少なくない。城郭史や日本史研究者のみならず、東アジアにおける地域間交流史に関心を持たれる多くの方々が、太田さんの著作を一読されることをお勧めしたい。
※所属・肩書き等は、本書刊行時のものです。