北方社会史の視座 歴史・文化・生活 全4巻
長谷川成一監修
刊行の辞――広汎かつ多様な視座から構築する新たな北方史
長谷川 成一 弘前大学人文学部・大学院地域社会研究科教授  
 近年、津軽海峡を挟んだ地域において、注目すべき発掘が相次いだ。道南では、縄文時代後期の函館空港石倉貝塚、ストーンサークルで有名な縄文時代後期の国史跡・鷲ノ木遺跡(森町所在)など、青森側では、縄文時代前・中期の国特別史跡・三内丸山遺跡(青森市所在)、縄文時代後期の国史跡・小牧野遺跡(同前)などの発掘が相次ぎ、考古学界のみならず全国的にも多くの話題を集めてきた。
 一方、この間、文献を中心とした歴史学の分野では、北海道・東北史研究会による「北からの日本史」の研究が学界に大きな衝撃を与え、発掘による新たな成果の蓄積とともに当地域が大きな脚光を浴びることになった。右の成果を踏まえて、当地域の多くの自治体では、刊行中の『青森県史』を含め、自治体史の資料編・通史編の刊行が陸続としてなされ、現在では各自治体の区域や枠組みの中における編年・通史的な歴史叙述は、ほぼ達成されたかのように見える。
 しかし、各自治体史を組み合わせれば、その地方ないし地域の全体的な歴史把握が可能になるわけではない。各地域は各種のネットワークによって繋がっており、それを無視しては合理的な歴史解釈は困難であろう。加えて、編纂の過程で蓄積された資史料を読み返した時に、当然のことながら、現行の自治体の区域ないし枠組みには収まらない人々の活動が目につく。そこで、我々は従来の自治体史の枠組みを越えて活躍する人々の姿を明らかにし、北方の社会史像を広域的かつ多様な視座から新たに構築したいと考えた。
 具体的には、北東北と北海道道南地域に焦点を当て、交易・交流、人・もの・情報のフローの部分や生活・生業のあり方を重視した研究を心がけることにした。通史的かつ編年的な流れを追う形式にはせず、個別のテーマやトピックから時代相、北方社会の特徴をとらえて、できるならば地域に生きた人々の生活感覚に至るまで把握したいとの共通認識にいたった。それが成功したかどうかは、読者の皆様の判断に委ねるしかないが、執筆した私たちの企図をご理解いただければ幸いである。






第1巻 歴史分野(古代〜近世)と考古・物質文化分野
長谷川成一(弘前大学人文学部・大学院地域社会研究科教授)・関根達人(弘前大学人文学部准教授)・瀧本壽史(青森県立大湊高等学校教頭) 編

◎歴史分野――古代から近世にいたる地域と国家
古代国家の中の北日本…………渡部育子
アイヌ民族との戦いと「北の武士団」…………工藤大輔
コラム1 高野山と松前阿吽寺…………山本隆志
コラム2 九戸一揆と情報――南部利直の上洛をめぐって…………熊谷隆次
近世初期の鉱山開発と「天下之御山」論――北日本を中心に…………長谷川成一
蝦夷錦をめぐる社会史――青森県内所在の蝦夷錦を通して…………瀧本壽史

◎考古・物質文化分野――原始から近世にいたる遺物・遺跡と社会
出土文字資料から見た北日本の古代社会…………鐘江宏之
コラム3 弥生の水田稲作と津軽海峡域…………福田友之
須恵器の生産と消費(青森県)…………藤原弘明・佐藤智生・蔦川貴祥
中世道南の領主と城館――城館から見た蠣崎氏の松前進出…………室野秀文
研究ノート 八幡の館――勝山館・浪岡城・根城…………工藤清泰
コラム4 北奥中・近世遺跡の竪穴建物跡――馬淵川流域の事例から…………佐々木浩一
本州アイヌの生業・習俗と北奥社会…………関根達人
津軽の近世墓標・過去帳にみる社会階層…………関根達人・澁谷悠子
海峡を渡った漆器――和人地〜北海道〜樺太〜アムール川下流域まで広がった和製漆器の道…………北野信彦


 
ISBN978-4-7924-0636-3 C3321 (2007.12) A5判 上製本 326頁 本体3500円



第2巻 歴史分野(近世)と文化分野
浪川健治(筑波大学大学院人文社会科学研究科教授)・佐々木馨(北海道教育大学函館校教授) 編

◎歴史分野――近世期における地域と国家
豊臣・徳川政権移行期の北奥羽大名――慶長年間、南部家の動きを中心に…………千葉一大
蝦夷地における異民族との接触と衝突――一七世紀後半の寛文蝦夷蜂起を中心として…………市毛幹幸
コラム1 北の商人像…………阿部綾子
消えた松前――未発見の津軽領元禄国絵図に関する小考…………本田 伸
研究ノート 後期津軽領の災害対応…………白石睦弥・長谷川成一
コラム2 秋田藩木山方吟味役・賀藤景林家文書の発見――東北森林管理局の史料調査から…………加藤衛拡
北羽都市の生活と習俗――「秋田風俗絵巻」の世界…………金森正也  
幕末の北奥社会と海峡を渡る女性――弘前藩領大光寺組田中村「かん」の場合…………浪川健治

◎文化分野――地域固有の文化の形成と思想
海を渡った宗教・信仰――有珠善光寺を手がかりに…………佐々木馨
北方各藩における儒学の展開…………中村安宏
弘前藩宝暦改革の主導者乳井貢の思想と実践…………小島康敬
安藤昌益の思想――新発見の「天地象図」から見えてくること…………若尾政希
コラム3 江差商人・関川平四郎の俳諧活動…………桜井拓郎
北奥羽地域における神仏分離――秋田藩・盛岡藩を中心に…………岩森 譲
近代教育の中の洋学受容――文明開化を考える一環として…………北原かな子
死亡広告からみた秋田県内の葬儀の変化――骨葬を中心に…………丸谷仁美
長部日出雄の文学――津軽イタコの方法…………郭 南燕




ISBN978-4-7924-0637-0 C3321 (2008.2) A5判 上製本 430頁 本体4500円



第3巻 歴史分野(近代)と生活・生業分野
河西英通(広島大学大学院文学研究科教授)・脇野 博(秋田工業高等専門学校教授) 編

◎歴史分野――東アジアと近代における地域と国家
北緯四〇度の歴史学――東アジア世界における北方日本…………荷見守義
北の自由民権…………河西英通
北の軍隊を見る地域のまなざし――郷土軍としての第八師団と大湊要港部…………荒井悦郎
東北振興のあゆみ――近代国家と地域開発…………中園 裕
役場文書に見る戦時教育行政――学校動員の実態を探る…………中園美穂

◎生活・生業分野――地域に生きる人々の生活と社会
北東北の農山村…………山下祐介
争うネブタの伝承――青森県津軽地方のケンカネプタ…………小山隆秀
近世前期津軽地域における漁民像について…………坂本寿夫
北方の森林資源と林業…………脇野 博
金銭出納簿にみる明治初期のハリストス正教会…………山下須美礼
北日本の鉱山と鉱害――秋田県大葛鉱山毒水問題を中心に…………土谷紘子
海峡地域の女性の生活誌――地域・家族・手仕事…………長谷川方子
箱館鯡船の来航と八戸湊の構造…………渡辺英夫
コラム1 津軽人と南部人…………小泉 敦
コラム2 サイロを旅する 北方社会の近代建築…………二村 悟
コラム3 「医療の社会化」を巡る――地域社会の相克…………川内淳史




ISBN978-4-7924-0638-7 C3321 (2008.5) A5判 上製本 416頁 本体4500円



別巻 北の世界遺産 白神山地の歴史学的研究
長谷川成一著

 まえがき―問題の所在―

T部 森 林
 第一章 国絵図等の資料に見る江戸時代の白神山地
 第二章 弘前藩の史資料に見える白神山地
 第三章 近世後期の白神山地
 第四章 白神山地における森林資源の歴史的活用 ―流木山を中心に―

U部 鉱 山
 第一章 近世前期津軽領鉱山の開発と白神山地
 第二章 延宝・天和期の尾太(おっぷ)銀銅山 ―御手山の繁栄と衰退―
 第三章 天和〜正徳期(一六八一〜一七一五)における尾太銅鉛山の経営動向
 第四章 一八世紀〜二〇世紀の尾太鉱山史 ―付・特論 尾太鉱山の囚人労働について―

V部 人 間
第一章 一八世紀前半の白神山地で働いた人々 ―最盛期尾太鉱山を事例として―
第二章 「天気不正」風説と白神山地
第三章 足羽次郎三郎考 ―その虚像と実像―
第四章 足羽次郎三郎と大坂の住友泉屋

あとがき



ISBN978-4-7924-0999-9 C3321 (2014.1) A5判 上製本 口絵4頁・本文376頁 本体6,500円
北方史研究の沃野に吹きわたる清新の風
入間田 宣夫 東北芸術工科大学教授・東北大学名誉教授  
 「北からの日本史」のスローガンのもと、北方史研究の目覚しい前進が開始されてから、二〇年。いまでは、日本史研究における重要不可欠の分野として確固たる地位を認められるようになっている。その折からの今回の企画である。
 これまでの「北方史」にあらず、より一層に踏み込んだ「北方社会史」のタイトルが設定されていることからしても、研究史の新たな段階をかたちづくろうとする意欲のありかたが明らかである。そのうえに、津軽・下北・道南によってかたちづくられる「津軽海峡域」に視座を据えて、交易・交流・人・もの・情報のフローの部分や、生活・生業のありかたを重点的に考察しようとする論文の数々に接するならば、なおさらに、それが明らかである。すなわち、これまでの研究の多くが、地域においても、考察の対象においても、それほどには焦点を絞ることなく、緩やかな態度で臨んできたことに比べれば、格段に具体的かつ即物的、そして臨場感に満ちたものになっている。それによって、格段の緊張感をもって、地域の特徴を解明し、さらには列島全体の歴史を見返す視角を形成することに成功している。
 そのような成功がもたらされた原因は、ほかでもない、「津軽海峡域」に所縁の新進気鋭の研究者を主体とするグループがかたちづくられたことにあった。そのために、これまでの札幌・仙台・東京方面からする多くの研究成果とは、踏み込みにおいて勝れ、一味も、二味も、違った成果がもたらされることになった。その過程において、監修の長谷川成一氏ほかベテラン組による特別のリーダーシップが発揮されたであろうことは、言うまでもない。それにしても、このようなグループの形成は画期的なことであった。北方史に取り組む研究者の総数が増大するなかで、研究水準のさらなる向上、研究内容の創造的な展開をめざすためには、これまで以上に踏み込んだ姿勢をもって、地域密着型の視座を確かなものにするほかはない。ということの反映として受け止められるであろうか。
 

北東北・道南地域史研究への期待
藤田 覚 東京大学大学院人文社会系研究科・文学部教授  
 かつて私は、十一月の末頃に津軽半島の北端の町、三厩を訪れた。みぞれ交じりの寒い日であった。三厩の漁港や義経寺から北の方角をのぞむと、黒ずんだ松前半島の山々が間近に見えた。津軽半島と松前、蝦夷地はこんなに近かったのか、とあらためて驚いたものである。寛政十一年(一七九九)に、三厩から松前に渡った幕臣(西丸小姓組)遠山景晋の紀行文「未曾有記」を読むと、風向きと潮流の具合で何日も三厩に足止めされ、やっと出船したものの津軽海峡の荒波にもまれ、漂着のようにやっとのことで対岸にたどり着いている。目と鼻のように近いのに、と驚き呆れた。
 今年の九月末、こんどは反対側の松前町から津軽半島を見る機会があった。竜飛岬から三厩、小泊、さらには岩木山までくっきりと見ることができた。「松前屏風」に岩木山が描かれているのは、実はリアルな描写だったのだと感心した。ここでも、松前、蝦夷地から津軽半島は本当に近いのだと、またまた体感させられた。しかし、松前の前面の海はかなり荒く水は冷たかった。海峡を渡ることの難しさも知り、遠山景晋の辛苦も実感できた。
 このように、津軽半島と松前、あるいは北東北と道南は、隔てる海峡の潮流が早いとはいえまことに近い。津軽海峡を挟んだこの地域が、古くから切っても切れない関係にあっただろうことは、現地に足を踏み入れれば一目瞭然である。この地域の歴史は、たとえば青森県史や岩手県史、松前町史や函館市史など、自治体の領域により区分された歴史研究では十分に理解できないだろう。そこから、津軽海峡を挟んだ北東北と道南をひとつの地域としてとらえる視角とそれに基づく歴史像が構想される。
 このたび、多年にわたり弘前大学で研究・教育に打ち込まれ、青森県や弘前市など数多くの自治体史を手がけてこられた長谷川成一氏を監修者とし、『北方社会史の視座―歴史・文化・生活』三巻が刊行されることになった。長年にわたりこの地域の歴史を研究してこられた研究者を編者、執筆者に迎えたこの三巻には、津軽海峡を挟んだ地域の、人、もの、情報の交流、そして独特の生活や生業を中心にした優れた論考を集めている。
 津軽海峡を挟んだ地域、さらにいわゆる内地との関係や北方との関係までを含んだ広がりのある論考群が、日本史研究に大きな刺激を与えることになることは疑いない。

 
※所属・肩書き等は、本書刊行時のものです。