■日本中世の西国社会 全3巻 | |||||
川岡 勉・古賀信幸編 |
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刊行にあたって 網野善彦氏は、列島社会の不均質性を強調し、東国と西国の社会的・文化的な差異を浮かび上がらせようとした。一方、天皇の身体を中心とする《浄―穢》の同心円構造を指摘した村井章介氏は、洛中―西国―周縁―境界―異域の順でケガレの度合いが強くなると論じた。しかし、網野氏は列島を二分して東国と対比して捉える意味合いが強いのに対し、村井氏における西国は同心円構造における中心として位置づけられている。こうした捉え方の差が生じるのは、「西国」の意味する範囲が一様ではなく、しかも地域認識には歴史的な変動が見られるためである。西国が東アジア世界と深い関連を有し、それが自立性を付与する要素となった一方で、京・畿内と密接に結びつき、畿内との関係において重要性を帯びた地域でもある。こうした西国社会の置かれた独自の位置を複眼的に考察し、地域の自立化の可能性や限界を探ることによって、中世社会を捉え直す手がかりが得られるのではないだろうか。それが、本論集を刊行しようとする理由である。 |
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■全3巻の構成 @西国の権力と戦乱 本巻の前半では文献史学の立場から、後半では中世考古学や縄張り研究の側から、西国の権力と戦乱という主題に迫る。 第1章 鎌倉幕府と西国社会……敦賀短期大学 外岡慎一郎 第2章 室町幕府―守護体制と西国守護……愛媛大学 川岡 勉 第3章 織田・毛利戦争の地域的展開と政治動向……岐阜工業高等専門学校 山本浩樹 第4章 豊臣政権と毛利輝元養女の婚姻……松山東雲女子大学 西尾和美 第5章 西国の中世城館跡……元広島県教育事業団室長 小都 隆 第6章 大内氏館と山口……山口市教育委員会 増野晋次・北島大輔 第7章 伊予の戦乱と城館遺跡……愛媛県埋蔵文化財調査センター 中野良一 第8章 北部九州の戦乱と城館……北部九州中近世城郭研究会 中村修身 |
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ISBN978-4-7924-0927-2 C3321 (2010.12) A5判 上製本 324頁 本体3800円 | |||||
A西国における生産と流通(第2回配本) 古くから海の風景でイメージされることの多い「西国社会」の特徴を、生産や流通など、経済活動を中心によみとく。 第1章 荘園制と西国社会……福岡大学 西谷正浩 第2章 北部九州の荘園村落の実像……別府大学 飯沼賢司 第3章 西国の流通経済……広島大学 本多博之 第4章 室町期の海賊による荘園請負と唐船警固……松山大学 山内 譲 第5章 消費地遺跡から復元する戦国期流通の一様相……愛媛県埋蔵文化財調査センター 柴田圭子 第6章 中世瀬戸内の港町と船主・問のネットワーク……高知大学 市村高男 第7章 焼成遺構から見た西国における土器の生産と流通……山口市史編さん室 古賀信幸 第8章 中世対馬の塩業と流通……文化庁 荒木和憲 第9章 石見銀山と銀の生産・流通……島根県教育委員会 目次謙一 |
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ISBN978-4-7924-0928-9 C3321 (2011.8) A5判 上製本 348頁 本体3800円 | |||||
B西国の文化と外交(第3回配本) 大内氏の文化に代表される「西国社会」と東アジア世界とのかかわりを、仏教や文化、また貿易などを主題におきながらとらえなおす。 第1章 東アジア禅宗世界の変容と拡大……山口県立大学 伊藤幸司 第2章 大内氏の外交と室町政権……東京大学 須田牧子 第3章 周防国大内氏とその氏寺興隆寺の質的変容……山口大学 真木隆行 第4章 伊予における天台律系寺院の創立と展開……前湯築城資料館館長 石野弥栄 第5章 縁辺部からみる西日本の貿易陶磁……茶道資料館 降矢哲男 第6章 国際都市博多……福岡市教育委員会 大庭康時 第7章 中世港町佐賀関と海部の海民文化……新居浜工業高等専門学校 鹿毛敏夫 第8章 豊後府内と南蛮貿易……大分市教育委員会 坪根伸也 |
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ISBN978-4-7924-0929-6 C3321 (2011.12) A5判 上製本 298頁 本体3800円 | |||||
「物語的地方史」の枠を超えて「動画的地域史」を編み出す | |||||
島根大学元教授 田中義昭 |
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このところ、「地方の時代」とか「地方分権」という用語が頻繁に使われる。また、「地域づくり」、「地域再生」の叫びも広く聞かれる。ここで語られる「地方」や「地域」とはいったいどのような意味内容を表示しているのか。たんなる行政上の区分に過ぎないのではないかと思ったりもする。そして、「地域」が、一定の地理的空間において長年にわたってつくり上げられた政治・経済・文化の総体とその個性を体現する概念であることが忘れられてはいないかと危惧する。どのみち、「過去」にきちんと向き合い、土地に刻まれた歴史を深く読み取ることなしには本物の「地域づくり」を実現することはできない。 「過去」を歴史として再現することは文献史学や考古学に取り組む歴史家の仕事である。また、今日の地域個性の形成に直接的に作用しているのは中世を中軸とした前後の歴史である。その意味で本書がいわゆる「西国」地方に展開した中世史を歴史的照射の対象としたことにまず注目しなければならない。通常、中世期は「地方が地方らしさをもっとも鮮明に示した時代」とされ、幕府権力、守護大名・戦国大名の領国支配の様相も然ることながら民衆が歴史の表舞台に登場してそれぞれの地方の動きに活性を与えている。大地に根付いた民衆の旺盛な活動は地域特性発現の基礎である。従前から中世「西国」にはそうした顕著な動向が知られてきたが、本書はそのような知見を一新しようとしている。全三巻の構成と各巻に鏤められた魅力ある章立てを見られたい。重層的で複雑に交錯する地域の動きが正確かつ多元的に再現されているではないか。 次いで本書の注目すべき特徴は、「西国」地方を中心とした中世文献史学の最新到達点を正確に平易に示しただけでなく、それに考古学上の豊富な史実を積極的に盛り込んでより立体的な地方史の再現に成功していることである。とりわけ、顕著な実績を誇る中・四国から北部九州の考古学の地域史叙述参加は、従来の物語的歴史の枠を超えて動画的地方史を編み出すことに成功している。本書の傑出した特徴といってよい。 今、地方の疲弊はかつてない状況にある。それだけに「地域再生」とか新たな「地域づくり」はどうあるべきかが真剣に問われている。だが秘策はない。あるのは「過去の歴史」、わけても地域性の直接的根源となっている中世史の茂みに目を注ぎ、そこから「地域」の意味をしっかり学びとることが先決である。その洞察に本書が格好の手引となることを大方に伝えて推薦の一文としたい。 |
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地域史研究と西国社会 | |||||
愛知大学文学部教授 山田邦明 |
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日本は小さな島国だと、よくいわれるけれども、東アジア全体の中でみてみると、日本列島はけっこう存在感がある。たとえば鎌倉と博多のあいだの距離は、北京と南京の間と同じだし、北海道から沖縄までということになると、北京からベトナムまでと同じくなる。日本列島はひたすら長いのだ。だから地域によってことなる歴史や文化があるのは当然だし、こうした細長い世界が、一つの国にまとまっているのが不思議といえなくもない。 列島のなかにある地域の個性と、その歴史的展開を、具体的に明らかにしていくことが、地域史研究の使命である。地域の歴史を解明することによって、「日本」という国家を相対化することが可能になるが、そのいっぽうで、さまざまな個性をもつ地域が分裂せずに、「日本」というまとまりを保ちつづけている理由を探ることもできるかもしれない。 列島のなかにどのような地域を設定するかは、なかなか難しい問題である。東日本と西日本という対比があって、鎌倉と京都、東京と大阪というふうに、東と西の世界は語られることが多い、ただもともと京都を中心とする畿内は日本の中心で、畿内近国と西国とは別のものだったはずである。本来の意味での西国は、博多から瀬戸内海の西部に至る一帯を中心とする世界ととらえることができるだろう。こうした西国の歴史の具体化が求められているが、まさにこうした時期に、中世の西国社会にかかわる三巻の論集が上梓されることになった。 西国社会の個性は、東国とはかなり違うとみていいだろう。東国は京都を中心とする中央に対して、かなり独立的な動きを示すが、西国はそうでもなく、京都との結びつきをつよく残し、それを再生産している。一定の独立性をもちながら、京都や畿内から離れてしまわないというのが、西国社会の個性ということができるだろう。西国地域の研究を進めることは、列島の歴史を立体的にとらえるために不可欠だが、それと同時に、日本という国家が地域をつつみこんでいった要因を考えることにもつながるような気がする。本論集をきっかけとして、豊かな具体像がつぎつぎと提示され、活発な議論が展開することを期待したい。 |
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※所属・肩書き等は、本書刊行時のものです。 |