東北から考える近世史
環境・災害・食料、そして東北史像
菊池勇夫著



環境と災害、伝承、食物、東北論……近世史の地平から現代を照射する。



■本書の構成

T 環境と災害
  第一章 飢饉と向き合う思想――安藤昌益の場合
  第二章 猪荒れと地域社会――八戸藩名久井通を中心に
  第三章 盛岡藩牧の維持と狼駆除――生態系への影響
  第四章 盛岡藩牧の野焼き

U 災害と民俗・伝承
  第五章 鳥追い歌の歴史分析
  第六章 鳥追い労働の歴史的性格
  第七章 丹後船を忌む岩木の神――津軽の安寿姫伝説
  第八章 白髭水伝説の再検討 

V 作物史と食物史
  第九章 赤米と田稗――近世北奥羽の水田事情
   補論 稗田と赤米の歴史
  第十章 東北地方の日常・非常食と雑穀
   補論 『飢歳凌鑑』にみる飢饉と食
  第十一章 最上川流域と蝦夷地――流通史と生活史をつなぐ
   補論 食文化のなかの「松前物」

W 東北史の位相
  第十二章 東北人とエミシ・エゾ
  第十三章 北方交流史と『遠野物語』
  第十四章 近世奥羽の御国言葉――文化的位相をめぐって
  第十五章 方法としての地域――東北史像をめぐって


  ◎菊池勇夫(きくち・いさお)……1950年、青森県生まれ 立教大学大学院文学研究科博士課程単位取得退学 現在、宮城学院女子大学教授



 著者の関連書籍
 菊池勇夫・斎藤善之編 交流と環境(講座 東北の歴史 第四巻)

 菊池勇夫著 近世北日本の生活世界―北に向かう人々―

 菊池勇夫著 道南・北東北の生活風景―菅江真澄を「案内」として―



ISBN978-4-7924-0972-2 C3021 (2012.6) A5判 上製本 370頁 本体8,600円

  飢饉史の第一人者ならではの東北史の再構築

東北芸術工科大学大学院教授・東北大学名誉教授 入間田宣夫

 菊池氏は、『飢饉の社会史』『飢饉から読む近世社会』ほかの著作をもって知られる。その道の第一人者である。

 その人が、飢饉と向き合うなかで、郷土の先覚者、安藤昌益の「地域循環論的な思想」にかけがえのないものを見い出しながら、その思想の背景にあった飢饉の発生メカニズムなど、環境史的な考察を進めてきた。

 本書には、そのような取り組みの成果にあわせて、鳥獣害や洪水・天候不順ほかの災害に関わる民俗を取り上げた論考、あるいは作物や食べ物を取り上げた論考などが収められている。それによって、飢饉・災害をめぐる人びとの立ち居、振る舞い、想いのたけが、具体的かつ暖かな眼差しをもって、色彩豊かに描き出されている。

 さらにいえば、東北の村社会を封建的かつ後進的な存在として決めつけるような、中央の高みからする歴史の組み立てに対して、飢饉・災害ほかの危機に立ち向かうなかで村社会がかたちづくられてきたプロセスを辿ろうとするような、人びとのくらしに即した下からの眼差しによってかたちづくられる新しい歴史の組み立てが、しっかりと提起されている。

 これまでも、中央の高みからする歴史の組み立てに対して、それによる「負」のイメージに対して、「正」のイメージをかたちづくるべく奮闘してきた人びとがいなかったわけではない。郷土性・地方性に立ちながら、自立・自尊を失わない精神性が脈々と継承されてこなかったわけではない。だが、それらの志に見合う満足すべき成果があげられてきたかといえば、残念ながら、否と答えることにならざるをえない。そのような折からの本書の登場である。本書によって、東北史の再構築に向けた大きな前進がもたらされることについては、疑うべくもない。

 東北は、いま、地震・津波・原発事故の三重苦から立ち直ろうとして、渾身の力を発揮しつつある。それにつけても、本書を通して聞こえてくる先人たちの声に耳を傾けることが必要なのではあるまいか。
※所属・肩書き等は、本書刊行時のものです。