仮名の歴史

日本語学講座 第9巻

今野真二著


日本語を書くための文字
仮名の機能の変遷を
漢字を視野に入れながら考える。



序 章 日本語の文字化――表意的表記と表音的表記と
    日本語の文字化 かなづかいが問題にならなくなる時 表意的表記と表音的表記と 仮名=表音的表記といえるか

第一章 万葉仮名
    「サヲシカ」は牡鹿か?
  第一節 『万葉集』以前の「万葉仮名」
    魏志倭人伝 稲荷山古墳鉄剣銘
  第二節 『万葉集』の「万葉仮名」 
    武田四分類 正訓字主体表記と仮名主体表記と 正訓字主体表記に埋め込まれた自立語の仮名表記 訓仮名が使われる時 音訓交用表記 表音的表記に埋め込まれた正訓 
  第三節 『万葉集』以後の「万葉仮名」 
    『新撰万葉集』の和歌 『和名類聚抄』の万葉仮名 注釈を万葉仮名で書く 

第二章 片仮名・平仮名・草仮名
    片仮名について 平仮名について 草仮名について 秋萩帖について 漢和融合 元永本『古今和歌集』について 

第三章 中世の仮名
    備中国新見庄三職注進状 備中国新見庄田所金子衡氏書状 たまがき書状 〈志〉の使われる箇所 摂津国垂水庄代官榎木慶徳書状 冷泉為広の詠草 キリシタン版『落葉集』 「色葉字集」の組織 「色葉字集」のかなづかい:「ゐ」「え」「お」で始まる語について 「色葉字集」右振仮名の「かなづかい」と字下訓の「かなづかい」との揺れ 字下訓内部における「かなづかい」の揺れ 右振仮名と字下訓との間での「かなづかい」の「揺れ」 「落葉集之違字」 表音文字としての仮名 

第四章 近代の仮名
    流動するテキスト 漢文式表記 振仮名の使用 かなづかい・仮名文字遣い 

終 章






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ISBN978-4-7924-1025-4 C3381 (2014.9) A5判 上製本 222頁 本体3,500円


仮名の歴史


 漢字から仮名がどのように発生し、漢字を一方に置きながら、どのような表記上の機能を獲得し、史的に変遷していったか、について描くことが本巻の目標であった。「あった」というと達成できていないのか、ということになるが、「あとがき」に記したように、難しいテーマであることを再認識した。
 漢字との視覚的な「距離」が保てなければ、仮名が漢字から独立した文字となることができないということはこれまでも指摘されてきている。そして、平仮名は漢字の全形を変化させ、片仮名は漢字の部分を採ることによって、漢字との「距離」を確保した。それはわかっている。しかし、表意文字である漢字と、表音文字である仮名とを併用する「表記システム」が選択されたのは、そのシステムが日本語の表記のために有効であることが漢字専用時代にわかっていたためではないかと思う。その推測があたっているとすれば、仮名の機能を考えるためには、まず「なぜ仮名が発生できたのか」ということを徹底的に考える必要があることになる。そしてそのことについておもに原理面からアプローチすることになる。さいわい、古代語における表記研究は近時活発化してきている。さまざまな研究が明らかにしていることを丁寧にトレースして、総合的にどのように考えるのがもっとも整合性があるかということを考える時期に来ていると改めて思った。
 図は明治二十年三月にだされた「かなのみなと」と題されたものである。図の上部右端に「うりものにあらず」と書かれているので、販売されたものではないと思われる。四面にわたって印刷されているが、最終面である四面目の最後には「よこはま まさごちやう 三ちやうめ 四十八ばんち」「かなのくわい よこはまぐみ」とあって、現在の横浜市中区真砂町あたりで印刷、発行されたものであることが推測される。
 図の三段目には「えうをん と はつをん の こと」とあって、記事を読むと、現在いうところの促音を「はつをん(撥音)」と称していることがわかる。これはこれで一つの情報である。こうしたものは、明治期の「仮名専用論」と結びつけて考察されることがもっとも一般的であろう。しかし、「日本語を仮名だけで書く」ということをつきつめて考えていくことによっても、「日本語を漢字と仮名とによって書く」ということについて何かがわかってくるかもしれない。ずいぶんと迂遠なように思われるかもしれないが、文献は言語生成の場でもある。言語を考えるにあたっては、原理面からも、実際面からも考える必要があることはいうまでもなく、ひろく文献に現われている現象をふかく追及することによって、「仮名の機能の歴史」のある層がみえてくるかもしれない。本巻を多くの人が手にとってくださり、さまざまな新たな展開の契機となってくれることを願う。
   (今野真二)
※所属・肩書き等は、本書刊行時のものです。