唐船法帖の研究
馬 成芬著


長崎貿易を通じて中国から日本に舶載された書籍のうち、「書道」に関するものの考察から、江戸時代の日本と中国の文化交渉を考える。




■本書の構成

序章 江戸時代の日本に輸入された中国の集帖
  清代書道界の変遷――「帖学」の衰退と「碑学」の勃興/中国の集帖/江戸時代に輸入された中国集帖/輸入された中国集帖の状況分析


  第一部 江戸時代において日本に輸入された中国集帖

第一章 江戸時代における『淳化閣帖』の舶載について
  淳化閣帖について/『淳化閣帖』の日本への舶載と影響

第二章 顔真卿の『顔三稿』
  顔真卿と『顔三稿』について/江戸時代の日本に輸入された『顔三稿』について/『顔三稿』の和刻本について

第三章 江戸時代における『問経堂法帖』の受容
  『問経堂法帖』について/銭泳について/江戸時代の日本に輸入された『問経堂法帖』の輸入状況/『問経堂法帖』の日本での受容

第四章 江戸時代における董其昌法帖の日本輸入について
  董其昌とその書法について/『戯鴻堂法帖』について/董其昌の「専帖」について/『戯鴻堂法帖』と董其昌の『専帖』の日本輸入について/董其昌に関する法帖の日本書家の受容について

第五章 文徴明の『停雲館法帖』の日本輸入について
  文徴明とその書法/『停雲館法帖』について/『停雲館法帖』の日本に輸入された状況/文徴明の書跡及び法帖の日本での受容

第六章 江戸時代の王羲之に関わる集帖の舶載
  王羲之とその集帖について/江戸時代の王羲之に関わる集帖の舶載/江戸時代における王羲之集帖の日本書家の受容


  第二部 江戸時代に輸入された中国法帖の日本的展開

第一章 日本に輸入された偽法帖について
  偽法帖について/偽帖と思われる法帖が日本に輸入された状況/偽帖の日本での所蔵状況/偽法帖の輸入が与えた日本書道界への影響

第二章 享保年間以後出版された中国法帖
  享保以後の大坂と江戸で出版された中国法帖/趙孟頫、文徴明及び董其昌等の法帖出版の状況

第三章 江戸時代日本書家による中国「集帖」と書法の影響――市河米庵を中心に
  市河米庵について/市河米庵の著書にみえる中国集帖について

第四章 幕末における唐船舶載法帖と貫名菘翁の書法
  貫名菘翁と三郎帖/太郎帖――王羲之の『十七帖』/次郎帖――王羲之の『蘭亭序』/三郎帖――唐褚遂良の『雁塔聖教序』/貫名菘翁の三帖の碑帖観に関する再認識

結  語




  ◎馬 成芬(ま せいふん)……1981年生まれ 中国人民大学大学院外国語学院日本語学部修士課程修了/関西大学大学院東アジア文化研究科修了 関西大学博士(文化交渉学)  現在 北京・首都師範大学図書館館員




ISBN978-4-7924-1069-8 C3021 (2017.4) A5判 上製本 206頁 本体6,000円

  
「書道」の書籍がむすぶ、江戸時代の日本と中国

関西大学名誉教授 松浦 章  

 「売り家と唐様で書く三代目」人口に膾炙している川柳のひとつだが、この「唐様」とは、どのような経路をたどって流行したのだろうか。この答えの一つを、このたび馬成芬氏が解明された。

 江戸時代における長崎貿易を通じて中国から日本に舶載された書籍については、大庭脩氏が、『江戸時代における唐船持渡書の研究』(1967年)、『江戸時代における中国文化受容の研究』(1987年)等を著され、長崎に輸入された書籍類には中国製の書道関係のものも多く存在したことを明らかにされた。しかし各書籍の詳細な研究はほとんど未開拓のままであった。

 このたびの馬成芬氏の成果は大庭脩氏が公開された長崎貿易関係の資料に依拠しつつ、とくに法帖・集帖に特化し、江戸時代における輸入とその受容状況などについて論証されている。馬氏によれば、中国から輸入された集帖の最も古いものは元禄7年(1694)に舶載された『米芾白雲居帖』で、その後、さまざまな集帖が中国から日本の長崎にもたらされたことを、輸入数量・輸入回数から細かく分析されている。また、個々の集帖として、大量に輸入されていた『淳化閣帖』『顔真卿三稿』『問経堂法帖』等を取り上げられて、輸入回数や数量を解析することから、その文化的背景について言及されている。

 ところで、江戸や上方の出版業者によって王羲之、顔真卿、董其昌、文徴明および永惺等の書家の書跡が模刻などの方法で出版されてもいた。江戸時代の日本の書家、市河米庵や貫名菘翁の書道に関する書論・書法の形成、さらに多くの書道関係者が中国風の書道を受容する契機として集帖が利用されていたことも明らかにされており、本書を評価できる点でもある。輸入された大量の法帖の中には、偽作も混じっていたことにも触れられておいでで、なかなか興味深い。

 馬氏は、現在、北京・首都師範大学の図書館に勤務されておいでであり、中田勇次郎氏の『日本書道史』を翻訳する機会を得られ日本の書道史に興味を持たれたそうである。王羲之研究の権威、祁小春氏に刺激を受けられ、私が勤務していた関西大学に留学にこられて、博士号の学位を取得された。今後は、中国書家の単帖、専帖や碑刻、拓本などにも研究を進められることを期待するものである。


※所属・肩書き等は、本書刊行時のものです。