同業者町の研究
同業者の離合集散と互助・統制
網島 聖著


第20回人文地理学会賞(学術図書部門)奨励賞受賞
著者にとって、郷土大阪の地理・経済等からの研究はライフワークである。大正期までの大阪の同業者町の位置は現代と異なる例の方が多いことに始まり、離合集散と互助・統制が順調になされた例として薬の道修町、失敗した例として材木業者が登場するほか、理論的背景として、数式の理論ばかり紹介されがちなマーシャルが英独の同業者町を丹念に踏査したことにも着目する。補章として、長野県松本を主な舞台とする「近代都市における商工名鑑的資料の価値」も掲載する。




■本書の構成

第Ⅰ章 序
  
研究の背景と本書の目的  本書の研究対象と方法  本書の構成

第Ⅱ章 先行研究の成果と課題
  都市の産業化と在来的産業基盤  同業者町研究の成果と課題(視点と成果  同業者町研究の課題)  マーシャルの産業地域論と産業化期の産業集積(産業地域論と産業化期の産業集積  産業化期の産業集積に関する歴史地理学的研究)  同業組合や商業会議所に関わる議論と産業化期日本の歴史研究  小結

第Ⅲ章 同業者町の概観
  商都大阪の経済発展における同業者町(江戸期から明治期の大阪と産業化  江戸期における大坂の同業者町)  都市史料としての商工名鑑的出版物と同業者町  明治後期における同業者町分布  大正・昭和初期における同業者町分布  産業化期大阪における同業者町の類型  小結

第Ⅳ章 同業者町と調整の重要性 
―明治・大正期の大阪道修町を事例に―
  道修町の歴史と産業化期日本の医薬品産業  大阪の医薬品産業と道修町の存続(明治・大正期の大阪医薬品産業  医薬品業者の立地動向と道修町)  薬種商同業者集団の結びつきと業態の拡張(明治後期の道修町における主要薬種商  明治期大阪の製薬業の発展と道修町薬種商)  薬種商の利害対立と調整機能(組合下部組織と薬種商間の関係  薬種商間の調整と同業者集積の意義)  小結


第Ⅴ章 新たな調整への変化
 ―市場環境の変化と道修町―
  両大戦間期の大阪における道修町と医薬品産業の動向  道修町の医薬品業者と営業状況  問屋・卸売業者の取引関係と調整機能(流通経路と取引関係の変化  問屋・卸売業者による調整の変化)  製薬業者による新たな調整への変化(製薬組合の主導権とその変化  両大戦間期道修町における調整の移行)  小結


第Ⅵ章 調整の機能不全と集積の複数核化
 ―明治・大正期の大阪における材木業同業者町―
  大阪の材木業同業者と市売市場(明治期の材木商同業組合  市売の制度・慣習)  材木産業同業者町の立地とその分裂(明治後期~大正期大阪の材木産業  材木業者の立地動向と材木業集積の変遷)  材木業者の結びつきと流通経路の変化(集積ごとの主要材木業者の特徴と業者間関係  流通経路の変化と材木業者間関係の複雑化)  業者間の利害対立と調整の機能不全(市売の制度・慣習に対する改革要求  調整の機能不全とその要因)  小結


第Ⅶ章 産業化期における同業者町の役割と産業地域論
  産業化期の同業者町にみられる諸類型  同業者町の調整機能と空間的集積形態の維持(構成員の新陳代謝と多様性の包摂  市場環境・産業構造の変化への対応  フォーマルな制度・組織の適切な介入)  考察(産業化期の大阪における同業者町の役割  産業化期の大阪からみた産業地域論

第Ⅷ章 結 語

補 章 近代都市における商工名鑑的資料の価値
  はじめに  松本における「繁昌記」出版の目的と系譜(山内實太郎編『松本繁昌記』の内容構成と出版の目的  松本町における「繁昌記」出版の系譜)  山内編(1898)における商工名鑑的内容の分析(商工業者紹介文の検討  商工名鑑的情報とその性質)  地方都市における商工名鑑的「繁昌記」出版の文脈(鉄道の敷設と在来産業の再興  地方都市ダイレクトリーとしての「繁昌記」)  おわりに

 参考文献/図表一覧/あとがき/索引





  ◎網島 聖(あみじま たかし)……1981年大阪市生まれ 京都大学大学院文学研究科博士後期課程指導認定退学 現在、佛教大学歴史学部講師 博士(文学)



 
◎おしらせ◎
 
『日本歴史』第853号(2019年6月号)に書評が掲載されました。 評者 原田敬一氏




ISBN978-4-7924-1077-3 C3025 (2018.5) A5判 上製本 254頁 本体5,600円

  
産業化期の同業者町と産業地域論:大阪からの発言

京都大学名誉教授 金田章裕

 大阪には、道修町の薬種商、西長堀と立売堀の材木商など、近世以来の同業者町が数多く成立し、近代の産業化期にもそれらが存続し、しかも発展した例が多い。網島聖『同業者町の研究―同業者の離合集散と互助・統制―』が研究対象とするのはそのような大阪の同業者町である。

 本書は序(第Ⅰ章)と結語(第Ⅷ章)に補章を加えて、合計九章からなる。

 第Ⅱ章において、対象に対する研究視角と分析方法を明示している。そこでは従来の同業者町研究が具体的な集積形態の維持・存続要因を主体間の関係に踏み込んで解明していないことを指摘し、商工会議所や同業組合などの組織・制度に注目して、構成主体間の調整プロセスを動態的に分析すべきとしている。

 第Ⅲ章では、明治から昭和初期にかけての大阪における同業者町分布の変遷を整理して、1)明治期の段階で次第に縮小・消滅した例、2)業態や立地の転換を求められた例、3)伝統的な集積を存続させつつ経済的地位を維持した例、4)重工業分野などの新たな業種・業態の同業者町が形成された例、など、産業化期大阪における同業者町の動態の四つの類型を抽出している。

 第Ⅳ章では、医薬品産業の同業者町であり、この四類型のうち3)の典型例である道修町を取り上げて、明治・大正期の具体的な検討を進めている。その結果、道修町の問屋・卸売業者は相互の合意の上で、協調的な意思決定や行動を行うことができたことが、流通の要としての空間的集積を維持することに結びついたことを析出している。

 第Ⅴ章では、日本の医薬品産業が大きな構造変化に見舞われた、続く昭和の時代を取り上げている。第一次大戦以前に見られた問屋・卸売業者間における協調的関係は失われ、代わって系列ごとの垂直的な関係を踏まえた調整が主流となったという。製薬業に進出する業者が現れ、他の卸売業者を系列に収めていく動きも活発化し、道修町の見かけ上の集積は維持された。しかし、問屋・卸売業者の集積から製薬業の営業拠点集積へと、機能が変質していったと分析する。

 第Ⅵ章では、やはり伝統的な制度・組織を継承していた西長堀の材木業同業者町を取り上げている。製材・流通の中心となる市場が同業者間の関係を細かく規定していたが、明治末から大正初期の構造変化によって材木業者間の関係が変化し、材木業者の同業者集団には移動するものが出てきて複数の核に分散することとなった。道修町と異なって業者間の調整が作用しなかったことが指摘されている。同業組合による調整の仕組みが実際の利害対立に対応しておらず、市場の閉鎖的な制度・慣習と同業組合の制度がしばしば齟齬をきたしたことが指摘されている。また西長堀以外にも大阪には材木業の業者が多かったが、それらの市場への新規参入に高い障壁を備えていたことも指摘されている。

 著者の以上のような分析視角は、マーシャルの産業化期の産業集積論を見据えている。マーシャルは同一業種の集積の利益を、工程間分業に伴う補助産業の形成、競争意識と経験値の伝播、提携的・建設的協同としている。マーシャルが事例としたゾーリンゲン、シェフィールド、ランカシャーといった産業地域の分析の結果である。著者によって加えられた大阪の事例が、マーシャルの考えのどこを支持し、どこに修正を求めることになるのかはこれからの楽しみである。

 すでに著者は、同業者町の協調的意思決定や行動の重要性に注目している。この視角をさらに展開することが、著者の発言の意義を高めることになろう。
※所属・肩書き等は、本書刊行時のものです。