馬琴読本の様式
中尾和昇著



馬琴の遺した文学史上の功績である「様式」を追究する。



■本書の構成

 凡例
 はじめに

第一部 馬琴読本の趣向 ―変容と越境―

第一章 「身替り」の機能 
―〈巷談もの〉を中心に―
第二章 証拠の品と離別・邂逅 
―文化期を中心に―
第三章 読本・合巻における趣向の往還 
―「血合わせ」を手がかりに―

第二部 馬琴読本の人物造型 
―勧善懲悪・因果応報を軸として―


第一章 復仇する忠臣 
―予譲の故事を手がかりに―
第二章 悪女の造型 
―怨霊憑依と転生―
第三章 〈巷談もの〉における主人公像の変容

付録 馬琴合巻『小鍋丸手石入船』『浪葩桂夕潮』翻刻
 
馬琴著作引用一覧
図版一覧
あとがき




  ◎中尾和昇(なかお かずのり)……1982年、大阪府生まれ。 関西大学大学院文学研究科博士後期課程修了 現在、奈良大学文学部講師



ISBN978-4-7924-1432-0 C3093 (2015.6) A5判 上製本 270頁 本体7,600円

  紹介と推薦


  京都大学名誉教授 濱田啓介

 「馬琴中編読本集成」所収の作品は二四編一六一冊。馬琴の長編読本は五編二三九冊。以上計二九編四〇〇冊。加えて多量の合巻作品が有る。それはもう大変な作品群なのだ。これに対し、現代の学界において、いかなる研究を進めいかなる認識を得ようとするのか。それは実に大変な仕事なので、覚悟して、方法を持ち、読み通し調べ尽さなければならない。

 馬琴作品に示される、神・仏・儒・道などの思想は、彼の独創的な思想ではなく、改めて追究する問題ではない。一方、勧善懲悪とは馬琴作品の基本的様式であり、その下位に多数の具体的様式が有る。何百冊という馬琴作品の文学としての問題は、思想ではなく様式の問題なのである。馬琴の魅力は様式に帰着する。様式こそは馬琴の遺した文学史上の功績で、最も追究しなければならない問題である。

 精鋭の研究者である著者は、馬琴読本の様式という問題に正面から立ち向った。様式の研究とは、多量の作品を読み比べて抽出帰納するものである。著者はそれを試みた。合巻に至るまでの全作品は調査され、ストーリーは比較された。

 果して重要な成果が次々と得られて本著に報告された。本著の内容とするところは、「身替り」の問題、邂逅に関わる証拠の問題、親子の証とする血合せの問題、復讐に関して晉の予讓を連想させる脚色の問題、悪女の造型の問題、巷談系の主人公の変容造型の問題等である。悪女の造型論では怨霊憑依や転生が抽出された。馬琴は身替りという脚色を何と多く用いた事か。そして用い方を変えて行った事か。その章読後のこの感想は、以下の各章についても同様である。

 そうして、これらの諸問題は様式の問題として相互に関連する。勿論それらは、上位の因果応報勧善懲悪という基本様式と至るところで関わっている。例えば、巷談系の人物変容造型の問題は身替りの問題とも邂逅に関わる証拠の問題とも相関であり、身替りの問題は予讓系の脚色の問題と相関する事が示されている。

 本著において、関係する諸文献諸論攷は遺漏なく引用されていて研究史が成立しているが、特記すべきは、その紹介が馬琴学最近の成果であるところの、石水博物館蔵馬琴の自作批評が參照されて本論文を支えていることである。

 以上、本書は馬琴文学研究史の上で、正統にして重要な業績である。のみならず、小説が商品となった時代の小説作りに関心を持つ人が本書に接したならば多くの興味を持たれるであろう。私は小説史に関わる研究者と一般の読者諸氏に此の本を推薦する。


※所属・肩書き等は、本書刊行時のものです。