■増補版 遊廓と地域社会
貸座敷・娼妓・遊客の視点から
加藤晴美著


「芸娼妓解放令」以降、国家によって公認された性売買の空間としての「遊廓」は地方中・小都市にまで広範に普及し、買春行為の「日常化・大衆化」と遊客人口の著しい増加をもたらした。歴史地理学の立場から、「近代遊廓」の成立とその特質を追究する。遊廓の分布および空間構造を検討するとともに、「娼妓哀史」にとどまらない貸座敷経営者や娼妓、遊客などの三者三様の具体像を提示し、これらの相互関係に着目して「近代遊廓」の存立を解明した。




■本書の構成


第Ⅰ章 序 論

第Ⅱ章 近世・近代における遊廓の史的展開

第Ⅲ章 明治前期米沢における遊廓の形成と貸座敷の存立

第Ⅳ章 大正期烏山における遊廓の展開と遊客・娼妓の存在形態

第Ⅴ章 軍港都市横須賀における遊廓の形成と開発者

第Ⅵ章 近代地方都市における遊廓の展開とその特質

補論1 大崎下島御手洗における遊廓の景観と地域社会 
―ベッピンとオチョロ舟の生活史―

補論2   銚子松岸地区における遊廓の展開と貸座敷の「名所」化

第Ⅶ章 結 論



  ◎加藤晴美(かとう はるみ)……東京家政学院大学現代生活学部准教授 博士(文学)


 
◎おしらせ◎
 『週刊読書人』2021年5月28日号に記事が掲載されました。 評者 小谷野敦氏

 『歴史地理学』第64巻第1号(2022年1月号)に書評が掲載されました。 評者 湯澤規子氏

 『日本歴史』第891号(2022年8月号)に書評が掲載されました。 評者 寺澤 優 氏



ISBN978-4-7924-1510-5 C3025 (2022.10) A5判 上製本 326頁 本体7,000円

  
増補版刊行にあたって

東京家政学院大学現代生活学部准教授 加藤晴美  

 このたび、清文堂出版のご厚意により『遊廓と地域社会―貸座敷・娼妓・遊客の視点から―』の増補版を刊行することになった。増補版の刊行にあたっては大きな改稿は行わず、元版刊行以降の研究動向を整理した「付記」と、千葉県銚子松岸遊廓に関する論考を「補論2」として付け加えた。

 本書の元版が刊行されたのは二〇二一年三月であったが、その前後にはさまざまな面から「遊廓」に対する注目が集まった。二〇二〇年秋に国立歴史民俗博物館で開催された企画展示「性差
(ジェンダー)の日本史」では「性の売買と社会」をテーマとした展示が注目を集め、翌二一年にかけては遊廓や遊女の姿をより実証的にとらえようとする動きが加速し、多くの研究者による成果が次々と発表された。近年、遊廓研究は飛躍的に発展しており、本書元版の刊行もこの流れに連なるものであった。

 二〇二一年には社会現象にもなった人気アニメが吉原遊廓を舞台としたことが話題になり、これに便乗して遊廓や赤線をテーマにした書籍や雑誌・インターネット記事などが氾濫した。これらのなかには遊女の悲惨な境遇をセンセーショナルに描くことに注力したようなものも散見され、さらに「子どもが視聴するアニメで遊廓を扱うこと」の是非がSNS などで議論されるようになると、ネット空間において多くの人々が遊廓の悲惨さを語り、遊女の哀れな境遇を発信するような事態が生じた。しかしながら、それらには虚実入り混じった曖昧な情報をもとにしたものも少なくなく、遊女を憐れみながらも、その残酷物語を好むような、そうした社会のあり方は何を意味しているのだろうかと考えざるを得なかった。

 遊廓に対してはかつて「華やかな文化の発信地」というイメージがさかんに語られたこともあり、これは「遊女残酷物語」とは一見、正反対のようにみえる。しかしながら、遊廓に「華やかさ」を求めることも、ひたすら「悲惨」で「可哀そう」な遊女の姿を求めようとすることも、ある種の身勝手なロマンを遊廓に投影した結果ではないのか。遊廓や遊女らの実際のすがたを追究することもなくただ遊女を憐れむのであれば、それもまた彼女らの尊厳を損なうものに思えてならない。

 その意味で、一次史料を精査して遊廓の実像を復原し、娼妓らの暮らしやその心性にせまろうとする近年の研究には大きな意味があると考える。現代日本においても性の売買に関する社会問題が解決する気配は一向になく、近代に確立した、「多くの男性が日常生活のなかで当たり前に買春し、それをよしとする社会」の影響はいまだ根深く続いている。本書は史料やフィールドワークによって地域のなかの遊廓像を復原すべく努めたものであり、近代の遊廓や遊女を知るための手がかりとしてご活用いただければ幸いである。
※所属・肩書き等は、本書刊行時のものです。