歴史遺産が地方を拓く
藤田達生編


熊野やその周辺において地域史の諸相を解明する成果を持ち寄り、さらに地方創生に活かす方法を提言する。第一冊「紀伊半島の文化財」では、半島の付け根にあたる両湾岸地域が中央政権と直結し、さらに熊野・高野という聖地をもつことから強大な戦国大名を成立させないという紀伊半島の歴史的特質について考察する。


■和歌山県の文化財


序章 中世末・近世初頭の紀伊半島地域…………藤田達生
  問題の所在
  一 戦国末期の紀伊隅田党 (㈠「隅田党由緒書」の成立 ㈡由緒書にみる隅田党の軍事行動 ㈢台頭する「惣国」
  二 豊臣政権の侵攻 (㈠惣国一揆支配の終焉  ㈡仕置の執行 ㈢鉛と紀州惣国一揆)
  三 和歌山藩の成立
  結語


中世熊野の宗教的意義…………山田雄司
  問題の所在
  一 熊野三山成立以前
  二 熊野三山の成立
  三 院政期の熊野詣
  四 浄土としての熊野詣
  五 時衆と熊野
  結語


コラム 南北朝時代の熊野古道 
――国阿上人が歩いた熊野道―― …………坂本亮太

中世後期熊野那智山膝下の地域構造…………坂本亮太
  問題の所在
  一 中世後期那智山膝下集落群の様相 (㈠那智参詣道沿いの様相  ㈡那智川流域集落群の様相)
  二 中世後期那智山周辺の経済環境 (㈠仁王堂関の関銭 ㈡那智山の在地徳政)
  三 熊野那智山と東国・西国 (㈠那智と中国・四国地域 ㈡那智と関東・東海地域 ㈢駿河国安東荘と実仙坊道閑)
  結


コラム 熊野の中世村落を探る…………坂本亮太

コラム 中世の備前焼流通と紀伊半島…………北野隆亮

城館遺跡資料論 
――熊野の場合―― …………伊藤裕偉
  問題の所在
  一 道と城館遺跡
  二 自然地形と城館遺跡
  三 城館遺跡と水場
  四 城館遺跡の「完成度」
  結語――城館遺跡研究と地域社会との接点


コラム 赤木城跡と城道…………伊藤裕偉

コラム 鉄砲玉と鉛インゴットから読み解く戦国時代の紀伊半島…………北野隆亮

紀伊半島の地形環境と街道・港 
――地形図の読図による歴史空間の考察―― …………山村亜希
  問題の所在
  一 紀伊半島と熊野古道 (㈠紀伊半島の山地と海岸 ㈡中辺路と伊勢路)
  二 紀伊半島西部の地形と中辺路 (㈠中辺路と伊勢路のルート断面 ㈡中辺路の地形環境 ㈢中辺路における峠越えの特徴)
  三 東紀州の地形と伊勢路・浦 (㈠木本以北の伊勢路における峠越え ㈡本宮道の地形環境と丸山千枚田 ㈢リアス海岸における地形と港)
  結


コラム 熊野のなかの丸山千枚田…………伊藤裕偉

石塔転用にみる紀伊の中世終焉 
――根来寺と和歌山城の遺構比較―― …………北野隆亮
  問題の所在
  一 根来寺遺跡における石組遺構に転用された石塔類の特徴 (㈠根来寺遺跡と中世石塔類の概要 ㈡石組遺構の石材に転用された石塔類 ㈢石組遺構の石材に転用された部材とされない部材)
  二 和歌山城における石垣遺構に転用された石塔類の特徴 (㈠和歌山城創建期の石垣遺構 ㈡石垣遺構の築石石材に転用された石塔類 ㈢石垣埋込め出土の石塔類 ㈣和歌山城の石垣遺構に転用された石塔類の特徴)
  三 根来寺遺跡と和歌山城の転用石塔類の比較
  結語


コラム 新宮城① 石垣の魅力…………松島 悠
コラム 新宮城② 城郭の復元と古写真…………松島 悠


ISBN978-4-7924-1511-2 C0021 (2022.9) A5判 並製本 246頁 本体4,500円


第二冊「紀伊半島の創生」は、歴史遺産を活用した地方創生のあり方を問う論考を集める。歴史学が、現代社会の諸課題を見据え、深い思索に裏付けられた実践の学問であることを示すとともに、巻末に充実した関係文献一覧を付して、今後の紀伊半島の歴史学的研究に大きな便宜を提供する。


■和歌山県の創生


紀伊藩御船手方と御船歌 ――旧藩領内の御船歌と浦組制度を中心として―― …………吉村旭輝
  問題の所在
  一 紀伊藩の御船歌
  二 紀伊藩御船手方の組織と役所
  三 紀伊藩の遠見番所と鯨船
  四 紀南地域の御船歌 (㈠鯨船で歌われる御船歌――熊野灘・伊勢湾岸を視野に入れて ㈡唐船で歌われていた御船歌 ㈢御船歌のみが奉納される祭り)
  結語


コラム 熊野の扇踊り…………吉村旭輝

伊賀市域における人口減少とまちづくり…………笠井賢治
  問題の所在
  一 「村」「町」の成立と変遷
  二 人口データ
  三 「村」の人口推移 (㈠近世・近代・現代の人口比較  ㈡近代の人口推移 ㈢戦後の人口推移)
  四 「町」の人口推移
  五 二十一世紀以降の状況
  六 地域リノベーションの一つの取り組み (㈠都市上野の歴史と文化財群  ㈡文化財を活かしたまちづくり)
  結語


コラム 近世・近代を生きた藤堂藩無足人 
――伊賀郡大滝村大垣平四郎の場合―― …………笠井賢治

地方都市の未来を拓く
 ――城を活かした歴史まちづくり―― …………小林 隆
  問題の所在
  一 彦根城の変貌――閉ざされた核から開かれた核へ (㈠江戸時代の彦根城と彦根城下町 ㈡明治時代以降の彦根城)
  二 明治時代以降における天守の役割 (㈠城下町の伝統を伝えるランドマーク ㈡郷土資料館・博物館 ㈢まちづくりのシンボル)
  三 史跡と公園 (㈠城は史跡として保存されているだけなのか ㈡文化財と都市公園をかねる城)
  四 城を活かした歴史まちづくりを進めるためには (㈠城を活かすとは ㈡城下町の伝統を活かす)
  結語


コラム ヤマザクラとは異なる新種・クマノザクラの不思議?…………岡山大成

近未来の地方社会と地域圏大学…………藤田達生
  問題の所在
  一 変貌する地方都市
  二 共有システムとランドバンク
  三 地方発イノベーション
  四 コンパクトシティへの挑戦
  五 地域圏大学の時代
  結語


コラム 「半ば島のようなもの」と向き合って…………坂東 樹
コラム 人口問題とシンギュラリティ…………末吉敏弘

むすび
──研究の軌跡…………藤田達生
  はじめに
  一 研究経過
  二 報告書の刊行と調査の継続
  むす


熊野(牟婁郡域中心)関係文献一覧…………伊藤裕偉・北野隆亮・坂本亮太



◎藤田達生(ふじた たつお)……1958年愛媛県生まれ 現在、三重大学副学長、同教育学部・大学院地域イノベーション学研究科教授 主要著書に『日本中・近世移行期の地域構造』(校倉書房,2000年)、『災害とたたかう大名たち』(角川選書,2021年)など多数。


 
◎おしらせ◎
 『歴史評論』第881号(2023年9月号)に書評が掲載されました。 評者 藤本清二郎氏

 『紀伊考古学研究』第26号(2023年)に書評が掲載されました。 評者 小林高太氏・佐藤純一氏・田中元浩氏

 『歴史評論』第882号(2023年10月号)に書評が掲載されました。 評者 長谷川賢二氏


ISBN978-4-7924-1512-9 C0021 (2022.9) A5判 並製本 190頁 本体4,000円

  
思索と実践! 藤田史学の完成形へ

茨城大学人文社会科学部教授 高橋 修  

 藤田達生氏が文化財問題にかかわるようになったのは、神戸大学助手時代に遡るという。丹波篠山城の調査事業、さらに八上城跡の保存運動に主体的に参加することになり、地域社会における実践的な取り組みは、以後の藤田氏の学問の基調となった。二〇〇〇年代に入り、藤田氏は三重大学での教員養成課程改革の中に身を置くこととなる。自身の言を借りれば、それは「地方創生の取り組み」であり、すなわち「地域社会の将来」を考えることに他ならず、その意味では、文化財に即した地域史研究と通底する運動でもあった。

 藤田氏の学問の、さらにもう一本の柱が、本書刊行にも直接かかわる「地方創生」への取り組みにある。二〇一八年、ハートピア三重との共同研究が、本書が編集される直接の起点となる。熊野を対象とする研究者が三重側からも和歌山側からも結集し、合宿やシンポジウムの開催、報告書の刊行を経て、その成果が今回『歴史遺産が地方を拓く』として世に問われることとなったのである。

 本書は、歴史学、歴史地理学、民俗学、考古学の諸分野から、熊野やその周辺において地域史の諸相を解明する成果を持ち寄り、さらに地方創生に活かす方法を提言するものである。第一冊「紀伊半島の文化財」では、半島の付け根にあたる両湾岸地域が中央政権と直結し、四国・九州、或いは東国とも結びつき、さらに熊野・高野という聖地をもつことを一つの条件として強大な戦国大名を成立させない、こうした紀伊半島の歴史的特質について諸氏が考察する。藤田氏自身も「中世末・近世初頭の紀伊半島地域」を寄せ、隅田党を題材として取り上げ、織豊政権の侵攻を経て和歌山藩が成立し近世国家権力に組み込まれていく、この地域の政治史の大枠を具体的に提示している。

 第二冊「紀伊半島の創生」は、さらに周辺地域まで視野を広げ、歴史遺産を活用した地方創生のあり方を問う論考を集める。編者による「近未来の地方社会と地域圏大学」は、その学問が、現代社会の諸課題を見据え、深い思索に裏付けられた実践の学問であることを如実に示している。巻末には充実した関係文献一覧が付けられ、今後の紀伊半島の歴史学的研究に大きな便宜を提供する。

 編者はあと一年で、三重大学での定年を迎えるという。助手時代から「達生さん」を先輩として慕い、常に一歩も二歩も先を往く先達として仰ぎ見てきた身としても、あらためて長い時の経過を実感させられる。今回、こうして「藤田史学」に共感し方法や理念を継承しようとする研究者が一書に結集した意義は誠に大きい。今後、本書の成果がいかに地域を拓く取り組みに接続するのか、期待を込めて見守りたい。そして一年の後も、「達生さん」は休むことなく力強く進み続けるのだろう。その行く方にも注目したい。


※所属・肩書き等は、本書刊行時のものです。