近世の国家・社会と幕府広域役
飯沼雅行著 


淀川を遡航する朝鮮通信使や琉球使節の川船を綱で引っ張る綱引人足を沿岸の村々から徴発する綱引役に関し、大坂町奉行や領主、薩摩藩大坂留守居役、用聞や淀川沿岸村の庄屋などから出された触や廻状の全体構造、各綱引組合の実態と性格、綱引村を所領の一部としていた領主による綱引役助郷設定の実態の解明を通じて、畿内近国における幕府広域役の特質を抉り出す。同時に、近世の役研究の方法論を示す。





■本書の構成


序 章

第一部 淀川筋綱引役をめぐる幕府・個別領主・村々の位相

第一章 朝鮮通信使・琉球使節通航時の綱引助郷

第二章 大山崎惣中と綱引役

第三章 琉球使節通航時の綱引役の実現過程に見る個別領主と地域

第四章 朝鮮通信使通航時の綱引役をめぐる幕府・個別領主・村々

第五章 幕領型および所領錯綜型綱引組合の運営について

第二部 地域から見た淀川筋綱引役

第一章 綱引役の命令と情報の伝達

第二章 綱引役の負担原則と地域社会

第三章 綱引人足の服装・行動に関する規約

第四章 淀川筋綱引役に見る二重役意識の変遷

終 章

あとがき
索 引




  ◎飯沼雅行
(いいぬま まさゆき)……1957年大阪府生まれ 大阪大谷大学非常勤講師 博士(文学)



ISBN978-4-7924-1516-7 C3021 (2023.10) A5判 上製本 324頁 本体9,600円

  
近世の役研究に刺激を与える一書
神戸女子大学教授・大阪大学名誉教授 村田路人  

 このほど、飯沼雅行氏が『近世の国家・社会と幕府広域役』を上梓された。二〇年あまりにわたり、一貫して畿内の幕府広域役を追究してこられた氏の研究成果が体系化され、一書にまとめられたことは、誠に喜ばしいことである。

 近世の畿内近国地域を指して非領国地域ということがある。薩摩藩が一円支配していた薩摩・大隅両国などの領国地域とは対照的に、畿内近国地域では多くの領主の所領が錯綜し、領主交代も頻繁であった。当然、そこに展開していた支配のあり方も、領国地域とは異なっていた。支配の特徴の一つとして、領主が自領に対して行う個別領主支配とは別に、幕領・私領の別を問わない広域支配の存在があった。大坂町奉行が摂津・河内両国(享保期から摂津・河内・和泉・播磨四ヵ国)の全村に、郡を単位に触を出していたのはその一例である。

 畿内近国地域の広域支配については、一九五〇年代に安岡重明氏によって畿内非領国論が提起されて以来、不十分ながらも注目されていたが、一九七〇年代に近世国家論が盛行する中で改めて取り上げられるようになった。近世国家論では、国・郡など、前代以来の国家の枠組みに依拠した、幕領・私領の別を問わぬ国家支配が注目されたためである。広域支配に関する研究は、その後、支配の実現メカニズムを重視する近世支配研究の中で深められた。

 今回の飯沼氏の著書は、このような研究史的背景のもと、広域支配の一つである幕府広域役賦課を取り上げたものである。幕府広域役もさまざまなものがあったが、氏は綱引役に注目された。これは、淀川を遡航する朝鮮通信使や琉球使節の川船を川岸から綱で引っ張る綱引人足を淀川沿岸の村々から徴発するものである。関係史料を博捜した氏の精力的な分析により、①幕府はどのようにして綱引役を賦課したのか、②綱引役を賦課された村々は、どのようにして役賦課を請け、綱引人足を提供したのか、③綱引役の実現にあたって、淀川沿岸に所領を有していた領主たちはどのような役割を果たしたのか、という綱引役の一連の実現過程が明らかになった。具体的には、綱引役の実現に際して大坂町奉行や領主、あるいは用聞や淀川沿岸村の庄屋などから出されたさまざまな触や廻状の全体構造、綱引役の賦課対象となった各綱引組合の実態と性格、綱引村々を所領の一部としていた領主による綱引役助郷設定の実態などが解明された。

 この飯沼氏の綱引役分析により、畿内近国地域における幕府広域役の実態と特質が明らかになったが、一方、役研究の方法論を示したという点でも意義がある。本書の刊行は、近年停滞している感のある役研究に刺激を与えることになるだろう。是非一読をお薦めしたい。


※所属・肩書き等は、本書刊行時のものです。