上杉謙信の崇敬と祭祀
佛教大学研究叢書46
加澤昌人著 


「義」の武将といわれる上杉謙信。その信念「筋目」を祈願文から読み解き、また謙信が法体となる過程を明らかにする。米沢藩では謙信を仏式の「御堂」で祭祀したが、明治維新後は神式の「上杉神社」の祭神へと転化していく。御堂での宗教儀礼や、上杉神社建立の過程、神社の遙拝式などから、米沢藩にとって謙信とはいかなる存在かを見つめ直す。歴史学のみならず宗教民俗学的にも有意義。




■本書の構成

 序 本書の目的と構成

第一部 謙信の戦と寺社信仰

 はじめに
 第一章 林泉寺と謙信の「第一義」
 第二章 謙信の願文にみる「筋目」と「仏法と王法」
 第三章 高野山無量光院清胤と謙信の法体

第二部 米沢藩における謙信の崇敬と祭祀

 はじめに
 第一章 景勝の米沢転封と御堂の建立
 第二章 歴代藩主の葬送と供養
 第三章 御堂における宗教儀礼
 第四章  御堂における上杉憲政の祭祀 ―怨霊から御家擁護神への転換―
 第五章 御堂の焼失とその再建

第三部 上杉神社の建立とその崇敬

 はじめに
 第一章 謙信百五十年遠忌における神祭の願い
 第二章  謙信の祭祀の転換 ―御堂から上杉神社へ―
 第三章  屯田兵による神社の建立と米澤有爲會部会における上杉神社遙拝式

 結語 研究の成果と課題

 表・図版一覧/資料編/初出一覧/あとがき―報恩謝德―/索引




  ◎加澤昌人
(かざわまさと)……1958年秋田県生まれ




ISBN978-4-7924-1520-4 C3021 (2023.3) A5判 上製本 390頁 本体11,000円

  
神の祭祀・仏の供養の多様な世界を概観 加澤昌人著『上杉謙信の崇敬と祭祀』の刊行をよろこぶ

佛教大学名誉教授 今堀太逸  

 戦国武将は絶え間ない戦に勝利すると、支配者としての地位を確保するため、また家臣相互の紛争を抑止し領国の統治を安定させるために、家法や分国法を制定した。また、その一方で家臣や民衆の支持を得る手立てとして、各地の神仏に祈願し、支配の正統性を主張する起請文を作成して、神仏との契約を結んでいた。

 戦国武将の祈りや神格化、秀吉の豊国社、家康の東照宮の研究は、朝廷や幕府の宗教政策が主流となっている。また、明治政府が近代的な国家を建設するため、神仏分離令を発布、神社では仏像や仏具類が除去され、天皇の神権権威に国家統治の正統性の根拠がもとめられたため、神仏分離以前の神社における祈り、寺院における供養の歴史については、分析が浅く、長い時間軸で論じた研究が待たれている。

 思想史、ことに宗教思想を研究する研究者は、一つの時代だけではなく、各時代にわたり論じる必要がある。本書は、米沢藩を中心に、上杉謙信の崇敬と祭祀、寺院における供養の歴史をライフワークとされる加澤昌人氏が、そのことを果たそうとされた待望の論文集である。

 米沢藩の謙信御堂が歴代藩主の供養の場であったことを詳細に論じ、米沢藩・上杉家の安泰を祈る場、精神的な支柱であったことを明らかにしている。近代の上杉神社創設に関しても、それまで仏教式で祀られていた御堂の祭祀が神祭に改められ、米沢藩歴代の藩主たちが神として祀られたこと。謙信の勤王の遺勲により、上杉神社は別格官幣社へと昇格、御堂における仏教式の祭祀から、国家神道に則った祭祀への変遷が史料を読み解きながら誠実に考察されている。

 戦国大名の崇敬と祭祀については、通史的な研究はあるが、十分に追究されているとは言いがたい。その点、加澤氏の実証的な指摘には説得力があり貴重である。高野山真言宗による法要のあり方など、絵画・古文書・法要資料により明らかにされた儀礼、供養も数多くある。

 学術書でありながら簡潔・平易な文体により謙信崇敬と祭祀の歴史を読み解き、「日本人と宗教」の多様性を明らかにしている、宗教民俗学の世界を再構築する一書としても推薦したい。


※所属・肩書き等は、本書刊行時のものです。