近世家並帳の研究
早川秋子著
長い年月、丹念に収集した豊富な史料をもとに、概念、作成と記載事項、形式、所有者の変更、利用、終焉と全般にわたり、体系的に叙述。尾張徳川家の城下町名古屋を中心に、濃尾両国に伝存の帳冊を主材料とするものの、三都や隣国のそれ等にも目配りを怠らず、近世家並帳の組織的研究への窓を開く、まさに先駆的業績。


ISBN4-7924-0538-6 (2003.6) A5 判 上製本 660頁 本体18,000円
■本書の構成
序章 近世文書にみる家並帳
第一章 作成   第一節 農村   第二節 都市(京都・大阪・江戸・その他の都市)
第二章 記載事項   第一節 不動産(町触、町法・村触、村法・その他)   第二節 所有者(社会的身分・性別・年齢・尊属等)
第三章 形式   第一節 帳冊(村方の家並帳・町方の家並帳)   第二節 絵図と類似史料(絵図・類似史料・単一項目表記史料・不動産無表示史料・検地帳合冊史料・覚書・無役家覚・町村役家数記載史料)
第四章 変更   第一節 手続き(成立要件・町の許可・内談・帳切・町礼・特例)   第二節 町礼(制限・町礼・売買・譲渡)
第五章 利用   第一節 村方の家並帳(課税・住民把握)   第二節 町方の家並帳(課税・住民把握・家質)
終章 家並帳の終焉
年表

いま開く 家並帳研究の窓 ―汗光る 好著―
愛知学院大学法学部客員教授 林 董一
 早川(山下)秋子君の近世家並帳、すなわち不動産登記簿をテーマとした、博士(法学)の学位論文が、発刊される運びとなった。
 同君は大学学部、大学院博士課程、そして大学院研究員と一貫して、私の日本法制史研究室に属した。司法書士を夢みて法学部を志望しただけあって、入学当初から民事法、とりわけ不動産法に関心を寄せた。やがて、近世不動産登記簿を課題に、研究者への道を歩みはじめた。春風のやさしさ、秋天のさわやかさのただよう彼女であるが、こと研究となると人がかわった。強靱な精神力と旺盛な筆力。そこには盛夏もなければ、厳冬もない。ひたすら史料の調査を収集、論文の構築に執筆に明け暮れた。あたかも、日本は不動産投資ブームに沸きかえった。同君の研究は時代の要請にこたえるもの、と日本学術振興会特別研究員に採用される幸運にめぐまれ、活動に拍車がかかった。こうして、次々と発表された研究成果十数編を一本にまとめ、博士学位論文、『近世家並帳の研究―濃尾地方を中心として―』が、愛知学院大学へ提出された。
 家並帳は検地帳、郷帳、宗門改帳、人別改帳、五人組帳とともに、近世文書を構成する簿冊に外ならない。その標題、形態、記載内容等は地域により、時期によってまちまち。家並帳のことば自体、江戸、大坂では水帳、京都では間口帳と相違するのは、一例となろう。キリシタン信徒摘発を目的とし、幕法にしたがい、書式、作成方法、官への提出期限が全国一律に定められた、宗門改帳とはおもむきをことにする。他の帳簿にくらべ、研究のおくれた理由の一つは、ここにあるのでは、と考える。もっとも、家並帳を扱った著書論文、それに言及した自治体史誌はすくなくない。しかし、いずれも特定地域、一定時期についての断片的考察にとどまる。早川君は学界の現状におもいをいたし、近世家並帳を真正面から取り上げる、総合的研究を志した。
 この本は著者が長い年月、丹念に収集した豊富な史料をもとに、概念、作成と記載事項、形式、所有者の変更、利用、終焉と全般にわたり、体系的に叙述。尾張徳川家の城下町名古屋を中心に、濃尾両国に伝存の帳冊を主材料とするものの、三都や隣国のそれ等にも目配りを怠らず、近世家並帳の組織的研究への窓を開く、まさに先駆的作品と呼ぶにふさわしい。
 手塩にかけた教え子の、汗の光る最初の著作の公刊。教師としての至福のときを迎え、私は胸のときめきをおさえることができない。  
初の『家並帳』に関する総合的研究
千葉大学法経学部教授 坂本忠久
 著者・早川(山下)秋子氏の長年の御努力によって完成した本書は、近世の『家並帳』そのものに焦点を当てた初めての本格的研究である。これまで、いくつかの角度から家並帳に触れた研究は散見されるものの、その重要さにもかかわらず、家並帳自体を十分に分析したものは存在しなかった。その意味において本書は、画期的な業績である。そして、本書は、そもそもその研究内容自体が貴重な成果であることは言うまでもないのであるが、それだけでなく、様々な領域における今後の目指すべき研究に対しても、その資するところ多大なものがあるという気がしてならない。
 たとえばまず第一に、近世社会においては、それぞれの身分により各々の土地に対する権利は同一ではなかったことが指摘されている。すなわち、農民は「所持」であり、町人は「用益」である、等と定義されているのである。しかしながら、実のところ、個々の農民や町人が土地に対してどのような権利を有していたのか、という点の具体的究明はほとんどなされていないのが現状なのである。したがって、農村と都市の双方に存在していたことを初めて実証している『家並帳』に関する本研究は、その共通の物差しともなり得ると言ってよいであろう。
 さらに第二に、一九七〇年代以降、近世都市史研究は、格段の進展を示した。ところが、九〇年代後半以降においては、ややその方針をめぐって暗中模索のような状況であることが現在懸念されている。そして、従来の近世都市史研究においては、本来格好の分析対象であったものの、『家並帳』を正面から扱ったものはほとんど知られていない。したがって、『家並帳』に改めて光を当てることによって、近世都市史研究の新たな地平を切り拓くことも可能なのではなかろうか。
 なお、本書は、その構成等が、日本法制史の泰斗・故前田正治教授の名著『日本近世村法の研究』を彷彿とさせるものがある。前田教授の研究が、その後の歴史学界全体に与えた影響は測り知れないものがあったが、本書も今後の法制史、都市史、農村史などをはじめとする様々な分野に対して、数多くの素材を提供する可能性を内包していることを強く確信するものである。筆者も知的好奇心を大いに刺激していただいた興味の尽きない研究書である。
※所属・肩書き等は、本書刊行時のものです。