ナショナリズムと自由民権
田村安興著

ISBN4-7924-0549-1 (2004.3) A5 判 上製本 364頁 本体8800円 


■本書の構成
第1部 皇国思想の連鎖と民権派
序 日本の愛国心をめぐって
第1章 愛国主義とアジア主義
1.愛国心とナショナリズム
2.ナショナリズムとグローバリズム
3.民族宗教と国家原理
4.アジア主義とナショナリズム
第2章 明治の文明論と民権派
1.文明論の相剋―福沢諭吉の文明論
2.政党と公党の結成
3.民権派の自由と民権
第3章 皇国思想の連鎖
1.皇国史観と集合的無意識の神話
2.国学者による皇国図の完成
3.南学と勤皇思想
4.土佐勤皇運動と皇国観
5.民権派と皇国思想の相剋
6.明治国家の表層と基底
第4章 征韓論争と檀君神話
1.日韓歴史認識の原点
2.檀君神話と皇国神話の対立
3.外交揺籃期における対韓認識
第2部 国権と民権の相剋
序 国権という概念
第5章 日韓問題と民権派
1.壬午・甲申事変と日韓情勢
2.甲申事変と日韓関係
3.自由党主流による朝鮮侵略への画策
4.大阪事件と自由党左派の役割
第6章 自由民権派の対外観
1.植木枝盛と板垣退助の対外観
2.中江兆民の対外観
3.馬場辰猪の対外観
4.玄洋社の対外観
5.幸徳秋水の対外観
第7章 明治政権の外交論
1.官僚派の外交論
2.移民と人種差別撤廃
第8章 明治憲法と統治権論争
1.明治憲法と国体
2.主権概念と天皇制
3.憲法草案にみる統治権
4.各国憲法における統治権の主体
5.私擬憲法にみる統治権と主権論
6.新聞誌紙にみる主権論
第9章 社会改良運動と板垣派
1.社会改良運動の性格
2.板垣派による社会改良思想と運動
3.社会改良運動と地方改良運動
補論 松方デフレと財政問題
1.明治初期における財政問題の所在
2.松方財政と軍拡の緊急性
3.明治十年代経済指標
あとがき


 著者の関連書籍
 田村安興著 日本中央市場史研究

 田村安興著 天皇と官吏の時代―1868年〜1945年



志をもった学術書
高知大学人文学部教授 荻慎一郎
 「地方の時代」提唱期に、「地方」の過疎化と切り捨てが一層進行し、「国際化の時代」に、資源をめぐって戦争がおき、民族や国家間の対立も激化して国際紛争が頻発している。「自治」や「民主」「平和」の理念は二十一世紀の課題でもある。
 日本近代はいかなる時代であったか。ナショナリズムと国際化、軍国主義と国際平和、社会生活と経済・政治等、われわれが近代史に求める関心は多様である。
 このたび、田村安興氏が『ナショナリズムと自由民権』を上梓され、こんにちの日本の現代的課題から発しながら、近代日本史を見直す新たな問題提起をしている。田村氏は日本近現代経済史を専ら研究されているが、他方でここ二〇年余り土佐の自由民権運動の研究を進められている。その著述で注目される一つは、民権運動の発祥の地である土佐の民権派においても国権は前提であり、民権と国権を対立構図として描き、民権派=民権論、政府=国権論として捉えることの誤りを主張している。国権論に対する弱さが民権派の限界とする見方を否定したものであろう。国権を前提とした民権運動への見方や評価は、高知の巷間で仄聞したことがあり、また学界でも見直しもあるようであるが、戦後の歴史学では長い間等閑視された。本書はこれを正面から再検討する意図をもっている。もとより、その意図は戦前の愛国主義を復権し、新たに国家主義を主張しようとするものではない。優れて現代的課題、問題意識から発している。一般にナショナリズム、愛国心は近代国家の成立を前提に形成され、これを歴史的に否定することはできない。本書は、「自由民権運動を含む近代日本の実像を問うためには、彼らのナショナリズム、愛国心がいかに形成されたのかを明らかにする必要」があり、その歴史的特質を究明した研究書である。
自由民権運動についての新しい論点
和歌山工業高等専門学校助教授 重松正史
 本書は、自由民権運動をこれまでの研究とは大きく異なった側面から捉えた意欲作である。自由民権運動については、従来、「民権」と「国権」の関係をいかに考えるのかが議論されてきた。そして自由民権運動が「民権から国権へ」と転換したと捉える見方が一般的だったが、本書ではこれを否定し、植木枝盛・中江兆民などこれまで高く評価されてきた理論家についても、皇国思想や天皇親政を公的に批判したことが一度もないことが強調される。これは、自由民権運動が国学以来の系譜の延長線上にあるからだと田村氏は言う。土佐の場合、南学・維新勤王運動・自由民権運動は人的連続性ばかりでなくイデオロギー的連続性を持つことが、本書では論証されている。
 このような見方に立てば、自由民権運動は民主主義的な運動であるというよりも、近代日本にナショナリズムを定着させる下からの愛国主義運動だったことになる。そもそも愛国公党という命名にそのことが現れていた。そして対外的には「民権派がよりタカ派的であって、彼らこそが急進的ナショナリズムの担い手」であることが、征韓論争から壬午・甲申事変にいたる具体的政治問題に即して、丹念に論証されている。
 以上のことからもわかるように、本書における田村氏の姿勢は、自由民権運動を「今日的視点」から高く評価しようとして実像から離れてしまうのではなく、実態に即して見ようとすることで一貫している。
 本書には、従来の日本史研究の中ではあまり触れられることがなかった論点が多く含まれている。中でも、韓国・中国など東アジア全体の中で自由民権運動を捉え、特にその思想的背景として日本の皇国思想があることを明らかにし、皇国思想と韓国の檀君思想を対比しながら東アジアの神話的世界が近代化の中で持つ意味を追求していることが重要であろう。ここでは、心理学者のユングも援用している。こうした斬新な発想に見られるように、本書は論争的であり、この本の刊行が今後の新たな論争を呼んで、このところやや下火になっている自由民権運動研究に新たな刺激が加えられることを期待したい。
※所属・肩書き等は、本書刊行時のものです。