まちの記憶
―播州三木町の歴史叙述―
渡辺浩一著


■本書の構成
プロローグ―過去へ   夏の義民祭/歴史叙述読み解きの方法
第一章 近世の記憶
  第一節 近世三木町の都市構造
  第二節 想起される記憶―寛政本「三木町御免許大意録」を読む
  第三節 文書保管儀礼と歴史叙述―寛政本「大意録」の背景
  第四節 宝蔵文書の保管状況
リフレッシュメント   イングラド・グレイトヤーマスの文書保管と歴史叙述
第二章 記憶の考証と演出
  第一節 文政本「三木町御免許大意録」を読む
  第二節 物語構築の背景
  第三節 近世日本の都市歴史叙述
  第四節 領主・公儀との交流と秀吉伝承
  第五節 弘化五年「三木町由緒并願書之写」を読む―近代へ
第三章 近代の記憶
  第一節 歴史叙述の変容―明治四十四年「三木町赦免地の由来」を読む
  第二節 「公式」の歴史叙述―大正十五年『美嚢郡誌』を読む
  第三節 時頼伝説の復活と躍動する義民―昭和五年『郷土調査』と昭和八年『三木町水災誌』を読む
  第四節 近代の文書保管儀礼―「虫干日誌」を読む
エピローグ―現在へ   戦後の「虫干日誌」/本長寺/冬の義民祭


ISBN4-7924-0556-4 (2004.7) 四六判 並製本 230頁 本体2000円
新しい歴史叙述の試み
東北大学大学院文学研究科教授 大藤 修
 家にしろ、村・町にしろ、国家にしろ、あらゆる組織体や社会集団は自己の歴史についての物語を構築する。それは、自己のアイデンティティを確立し、メンバーを統合するために不可欠の営為であった。近代国民国家は国民の歴史物語を創造し、「国民」意識を涵養しようとする。日本近世にあっては、歴史物語創造の主体は家や村・町という地域共同体、あるいは各種の職能=身分集団であった。それらが構築した歴史物語、言い換えれば組織体や社会集団の集合記憶は、口頭伝承、歴史叙述、行事、記念碑などの形で表象された。
 本書が分析対象としているのは、播磨国美嚢郡三木町(現兵庫県三木市の中心街に該当)の歴史物語=集合記憶である。三木町の歴史物語は、天正八年、三木城を攻略し秀吉が戦後復興政策として高札で認めた地子免許の特権を、その後の領主支配の変遷や政策のもとでも維持してきた「伝統」を基軸に構築されている。当町では一七〇〇年前後に、地子免許の証拠となる秀吉高札や文書を保管する「宝蔵」を建設して、虫干し行事という文書の保管儀礼を創始するとともに、地子免許維持を実現した延宝期の江戸訴願者を顕彰する「義民」碑を建立しているが、それらは「伝統」を維持するための装置であった。
 著者は、近世・近代に幾度かなされた三木町の歴史叙述の契機と内容を分析すると同時に、文書の保管状況や保管儀礼の変遷を検討し、当町の歴史物語=集合記憶の構築と変容を町の構造の変化や時代状況と関連づけて考察している。叙述は語り口調で平明であり、興味をひきつけながら読ませる工夫もこらされている。特定の町の「記憶」と文書保管の歴史を近世から今日まで系統的にたどった仕事は、おそらく本書が初めてであろう。しかも、日本の他の町やイングランドの町の歴史叙述とも比較して、広い視野で事例を意義づけている。社会史研究で提起された「創られた伝統」論、「記憶」論と史料管理学の立場から提起された文書の保存管理史論を適用した、新しい歴史叙述の試みとして評価したい。
歴史叙述の過去・現在、そして未来―本書が投げかけるもの―
一橋大学大学院社会学研究科助教授 若尾政希
 歴史学という営みは、おおづかみに言って、史料にもとづく歴史研究と、その成果を発信する歴史叙述とからなります。私はかつて、『太平記』という軍記物語に着目して日本列島における歴史叙述の歩みを振り返る作業を行いましたが、そのとき痛感したのは、研究者が歴史叙述にあまり意を払ってこなかったということです。歴史叙述の担い手たる者が、その歴史にも、その有り様にも関心を持たないのはどういうことか、当惑したことを覚えています。
 このたび畏友渡辺浩一さんが、歴史叙述の歴史を主題とした本を出しました。一読して思わず快哉を叫びたくなるほど興奮しました。話は兵庫県三木市で行われている義民祭から始まります。現在の義民祭で、この地域の政治・教育などの重要人物が参加して過去の歴史が再確認され、それが史料保存の行為と密接に結びついていることに気づいた著者は、伝承・儀式・史料保存の三つのあり方が、どのように江戸時代以来変遷してきたのかを跡づけてみたいとして、歴史叙述の歴史をひもとく旅に、我々読者をいざなってくれます。
 戦国大名別所氏の城下町で近世初期には城下町でなくなる播州三木は、地子免許を守り抜く戦いを近世を通じて行っていきます。その過程で政治権力に自己の由緒を申し立てるために文書の整理と保管がなされ、それが前提となって儀式が形成され歴史叙述が書き継がれていったといいます。新進気鋭の都市史研究者であり、かつ史料学(アーカイブ)研究者である著者であってこそ、このような三者の密接な関連が見えてきたのだと感嘆した次第です。
 また、百姓一揆物語と対置するかたちでなされた「都市歴史叙述」の提起も刺激的でした。さらに著者が本書を、この地域の最新の歴史叙述と位置づけていること、しかもそれを「ですます体」で叙述していることに、歴史叙述のあり方への提言が含まれているように読みました。生き生きとした人間味あふれる歴史叙述を我々のものとするためにも、本書を皆さんにおすすめいたします。
※上記のデータはいずれも本書刊行時のものです。