近代日本の日用品小売市場
廣田 誠著


近代日本における日用品小売市場の実態を、第一次世界大戦後から昭和戦前期を中心として明らかにする。公設市場に関して未解明と思われる論点の検討とともに、私設小売市場についてもその独自の意義を解明しようとする。


■本書の構成

序 章 日用品小売市場史研究の意義と課題
  1.日用品小売市場とは何か?
  2.先行研究による成果
  3.本書の課題

第一章 戦前期の東京市における公設市場政策
  1.公設市場開設までの動き
  2.公設市場の開設と小売商・同業組合の反応
  3.後藤市政下における公設市場の管理運営体制
  4.大正末から昭和初年における公設市場の管理運営体制

第二章 戦前期のわが国大都市における小売市場の担い手に関する一考察――大阪市の事例を中心として
  1.大阪市における私設小売市場の経営実態
  2.私設小売市場の「開設者」
  3.小売市場の「リーダー」
  4.小売市場の「販売人」

第三章 大正〜昭和戦前期の大都市郊外地域における日用品小売市場の形成と展開
  1.大都市郊外地域における日用品小売市場の形成と展開
  2.大都市近郊住宅都市における日用品小売市場問題の展開

第四章 大正中〜昭和戦前期の地方都市における日用品小売市場の成立と展開――静岡市を事例として
  1.公設市場の開設にいたるまでの動き
  2.公設市場の開設と展開
  3.反公設市場運動の勃発
  4.市会における公設市場をめぐる議論
  5.公設市場の部分廃止と私設小売市場の発達

第五章 第一次大戦期以降のわが国における小売商業の展開と同業組合
  1.生活難問題と同業組合政策の転換
  2.「百貨店の大衆化」と同業組合加入問題
  3.政策方針の再転換

終 章 総括と残された課題
  1.総  括
  2.残された課題




廣 田  誠(ひろた まこと)……1962年 静岡市生まれ。1986年 大阪大学大学院経済学研究科後期博士課程退学。現在 神戸学院大学経済学部教授



 著者の関連書籍
 山田雅彦・原田政美・廣田 誠編 市場と流通の社会史 全3巻



ISBN978-4-7924-0623-3 C3021 (2007.3) A5 判 上製本 278頁 本体4600円
日本近代社会史研究の閉塞状況を破る
同志社大学名誉教授  藤田貞一郎
 アダム・スミスは『国富論』で、分業が如何に人類社会の生産力の発展に貢献するかを説いた。地球温暖化の赤信号を他所に、宇宙探査に酔い痴れ、金融商品に豊かさを求める現代日本社会が、そうした分業の所産であること、言うまでもない。が、スミスは、同じく『国富論』で、「食につぐものとしては、衣および住が人類の二大欲望である」と記していることは、さすがと言わざるを得ない。
 ところが、分業の展開の上に成立し存続している日本近代社会についての歴史省察は、一般向けのマス・メディアから始まって、学術研究に至るまで、その殆んどが、分業の意議を説くと同時に食の基本的重要性を指摘したスミス流の思考法を欠除した状況下に量産されているのが現状である。近年盛んとなりつつある都市史その他もろもろの社会史研究を手に取れば分る筈である。
 公私設小売市場は日本社会の近代化の過程を示す極めて重要な史実であり、1931年の内務省調査資料は公設市場が多く設置されている道府県として、大阪・東京・愛知・兵庫・北海道・神奈川・広島・福岡・京都を挙げているが、松本貴典編著『生産と流通の近代像』が明らかにした1920年・1935年の県民所得上位県と、これらは明確に一致して居り、まことに興味深い。
 「三部門均衡型」の総合スーパーを案出せざるを得なかった中内功、1960年代前半、住友商事とセーフウエイの合弁事業計画が中止となった事情も、日用品小売市場の史実を組み入れた時、初めて理解できるのである。廣田誠氏の研究は、人類は生物であるという視点を根底に据えて、一見ささたる主題とも解されかねない日用品小売市場についての着実な構想力に立つ、今後参照すべき重要な実証研究である。
 
都市の歴史を商業・流通から見る
福井県立大学経済学部教授  原田政美
 我々の日々の生活は日用品を購入し消費することで維持している。この日用品の流通において近代の世界では不可欠な経済的組織として小売市場があった。小売市場には多様な商品が揃えられ、その販売を商人が担っていた。日本の高度経済成長期にスーパーマーケットが登場するまでは、この小売市場が社会、経済的に重要な組織であった。
 大衆が政治の世界に自らの要求を主張し始めるのは大正時代である。この時代に、国、地方自治体とも、小売市場の開設に積極的に関与するようになる。枢密院で庶民の食料やその価格が議論されるのもこの時代であった。それだけに庶民に食料品や日用品を供給することは社会及び国家の重要関心事であった、といわねばならない。
 本書『近代日本の日用品小売市場』は、国や地方自治体の政策はもとより、大都市および地方都市さらには衛星都市の小売市場に関して、その市場の実態と、商人、あるいは商人団体の運動過程を克明に描こうとする。その分析は、日用品小売市場に関する経済史・経営史分析といえよう。
 大規模小売店舗法が廃止されたあと、現在、中心市街地の活性化が全国的に議論される状況にある。しかし、本書に示されたような商業および商業をめぐる政策と運動の歴史に関して、我々は改めて歴史に真摯に学ぶ必要性を痛感する。歴史研究者はもとより、現代の都市を考える人に本書を推薦する。

※所属・肩書き等は、本書刊行時のものです。