北奥羽の大名と民衆
長谷川成一著


奥羽仕置と明治維新、この大きな画期によって歴史的に区分された期間に、奥羽の大名・小名たちや民衆がどのように生き、活動したのか。また、人々はいかなる社会を形成しようとしたのか。彼らの暮らしの実相を描く。


本書の構成

 まえがき
T 北奥羽の大名・小名論
 第一章 奥羽仕置と奥羽大名
 第二章 豊臣政権と出羽国の小領主
 第三章 文禄二年五月「誓紙一巻」と奥羽大名
 第四章 近世奥羽大名家の自己認識―北奥と南奥の比較から―

U 北奥羽の社会と民衆
 第一章 慶長・元和期における出羽国の社会状況―山落・盗賊・悪党の横行と取締り―
 第二章 溜池をめぐる近世都市と民衆
 第三章 後期弘前藩政と民衆
 第四章 後期出羽国由利郡の都市民衆―町場の生活と祭礼―
 コラム 出羽国古雪尊重寺と門徒たち

V 北奥羽に関する各論―史料・鉱山―
 第一章 盛岡藩五代藩主南部行信の死去をめぐる文書と記録
 第二章 弘前藩四代藩主津軽信政の花押と印判
 第三章 近世初期津軽領の鉱山開発構想
 第四章 泉屋又三郎と陸奥国尾太鉱山
 コラム 近世初期由利郡の鉱山
 あとがき



 著者の関連書籍
 長谷川成一監修 北方社会史の視座 全4巻

 島尾 新・長谷川成一編 日本三景への誘い

 長谷川成一・千田嘉博編 日本海域歴史大系 第四巻

 長谷川成一監修 弘前城築城四百年



ISBN978-4-7924-0645-5 C0021 (2008.2) 四六判 上製本 262頁 本体2400円
北からの豊富な話題 
国立歴史民俗博物館名誉教授 塚本 学  
 多年弘前大学にあって東北地方の近世史研究の場で活動してきた著者の新著で、これまで自治体史などに執筆されたものなどをもとに、一般教養書としての性格を併せ持つ書物として編集されている。著者の勤務地弘前と出身地由利本荘市とを主として、他の地域をふくむ奥羽北部の近世史上の問題が展開される。
 豊臣政権の奥羽仕置によって近世大名としての地位を固めていった北奥羽の大名が、自己をどう認識したかがその一例である。甲斐源氏南部家の支流という自覚を持ちながら、みちのく世界の諸伝承の集成の上で奥州平泉藤原氏出自系譜を作ってきた津軽家が、近衞家に縁を求めて京都藤原氏につながる系譜に改めていく。夷島
(えぞがしま)と表記された北海道に隣接し、アイヌ民族掃討戦の主役となるという条件も大きいが、これを会津の保科家と対比して、土着住民への夷視意識と統一政権下の正統性権威との問題とみるなど、中央政権と地方政権という点では、奥羽以外の諸大名家の考察にも示唆を与えよう。
 むろん大名家の話題だけではない。慶長・元和期の出羽での、山賊などの横行状況、弘前城下近くに慶長一九年に築造された溜池が、景勝地として都市民の憩いの場ともなった外、祈祷の場やゴミ捨て場にもなり、一九世紀には藩の武芸訓練への利用もはかられること、一八世紀末以降の飢饉状況下での弘前藩政混乱期の町民生活のこと、出羽本荘町住民の一九世紀の移動状況と、本荘藩士の日記にみえる町場の年中行事・娯楽・祭礼等々、豊富な話題が展開される。盛岡藩主の訃報が、隣の弘前藩でどのように入手されたかなど、情報の伝達・流布をめぐる記述も目につく。鉱山開発をめぐる考察や、藩主の花押の変遷の考察なども加えられる。
 豊富な題材は、東北地方の歴史研究をめざす者にとってだけでなく、ひろく歴史資料から問題と興味とを見出していこうとするものにとって、刺激ともなりヒントを提供してもくれる。多くの読書人に、北方からの話題提供の本となることを期待できよう。


 
※所属・肩書き等は、本書刊行時のものです。