近世の畿内と奈良奉行
大宮守友著


京都所司代を中心とする上方支配の中で京都町奉行と奈良奉行の重層支配の形成や、支配の段階的把握に留意しながら、近世統一政権が奈良・大和地域にどのような支配をしようとしていたのかを明らかにする。御役所絵図付き。


本書の構成

  序 章
●第一部 初期徳川政権と奈良地域
  第一章 徳川政権と大和の寺社
  第二章 奈良の屋地子免許
  第三章 正倉院の修理と春日社の造替
  第四章 近世初期の中坊屋敷
  第五章 大久保長安下代衆と春日社・興福寺

●第二部 奈良奉行の成立と展開
  第一章 中坊氏の登用
  第二章 八人衆体制下の奈良奉行
  第三章 寛文・延宝期の奈良奉行
  第四章 元禄・宝永期の奈良奉行
  第五章 奈良奉行所絵図について

●第三部 奈良奉行支配の諸相
  第一章 奈良奉行と春日若宮祭礼
  第二章 奈良奉行と宇陀松山藩
  第三章 奈良奉行の触伝達について
  第四章 奈良奉行と勘当・旧離願

  終 章 奈良奉行支配について



  著者の関連書籍
  大宮守友編著 奈良奉行所記録


  
   ◎大宮守友(おおみや・もりとも)……1952年奈良市生まれ 國學院大學文学研究科日本史学専攻修士課程修了 県立高等学校教諭をへて、現在、奈良県立図書情報館勤務



ISBN978-4-7924-0670-7 C3021 (2009.9) A5判 上製本 642頁 本体14,500円
古都の環境に育まれた近世史像
國學院大學文学部教授 根岸茂夫
 奈良奉行は江戸幕府の遠国奉行職制の中では最も注目されない職掌の一つである。しかし、奈良奉行の設置された大和が、古代には政治の中心となり、中世には東大寺・興福寺・春日大社などの大寺社が社会・政治に大きな影響を与え、歴史研究の基準ともなっていたことは、『多聞院日記』の存在を思い出すだけでも十分であろう。近世にも、大寺社の伝統と諸藩の支配が錯綜した極めて特徴のある地域であった。そこに江戸幕府が設置したのが奈良奉行であり、これまで研究が少なかったことは近世史研究の怠慢にほかならない。
 本書は、第一部「初期徳川政権と奈良地域」で寺社領寄進や奈良の屋地子免許、正倉院修理・春日社造替などを通じて、地域の諸勢力と徳川政権の対応を、国奉行大久保長安の下代らの動向などから位置づける。大久保長安の研究は、初期徳川氏の財政、関東の村落支配や新田開発、五街道整備、佐渡金山・生野銀山開発などさまざまな分野で進んでいるが、畿内の支配における研究が本書によって付け加えられたといえよう。
 第二部「奈良奉行の成立と展開」では、中坊秀政以来の奈良奉行について、近世前期の幕政と大和地域の動向をていねいに検討しながら、その形成過程を一八世紀初めまで追っている。第三部「奈良奉行支配の諸相」は、春日若宮祭礼の国役、支配が錯綜した大和の諸藩と奈良奉行との関係、地域の人々への関与などを通じて、地域に生活し伝統文化を肌で感じている著者の目線が生きた研究となっている。全体として、中世以来の寺社や在地勢力の強さに対し、統一政権の政策との間で板挟みになる代官や奉行が、翻弄されながらも近世前期に地域の円滑な支配や運営に苦心し、一方で幕府の機構に組み込まれていく姿は、感動すら覚える。
 近世史研究において、全国の地域類型を考える上で畿内非領国論が古くから重要視され、近年も畿内の地域類型についての議論が高まりつつあるが、伝統的な寺社勢力の影響を具体的に考慮した主張は少ない。古都の環境に育まれた近世史像が本書であり、地域の眼を通して近世史を語る本書の方法は学ばなければならないと感じる。

 
※所属・肩書き等は、本書刊行時のものです。