近世藩領の地域社会と行政
籠橋俊光著



文書学的分析から新地平を拓く。



■本書の構成

  序 章 本書の目的と構成

第一部 藩領中間支配機構の職掌と展開

  第一章 御用留に見る水戸藩大山守・山横目の御用
  第二章 近世前期における藩領中間支配機構の歴史的展開 
―水戸藩大山守・山横目制度による概観―
  第三章 近世中後期における藩領中間支配機構の歴史的展開 
―水戸藩大山守・山横目制度による概観―
  第四章 仙台藩大肝入制の成立過程

第二部 藩領中間支配機構の特質と社会的意義

  第一章 水戸藩中間支配機構と「隠密」
  第二章 「隠密」と「内意」 
―水戸藩における中間支配機構の上申と行政―
  第三章 紛争解決と中間支配機構 
―水戸藩大山守・山横目の訴訟・内済への対処について―
  第四章 地域社会と藩社会 
―仙台藩の大肝入制と「文通」―

  終 章 総括と今後の課題 
―「地域政治史」の深化のために―
       


  ◎籠橋俊光(かごはし・としみつ)……1972年、茨城県日立市生まれ 東北大学大学院文学研究科中退 現在、宮城県東北歴史博物館研究員・博士(文学)




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ISBN978-4-7924-0968-5 C3021 (2012.5) A5判 上製本 370頁 本体8,800円

   文書学的分析から新地平を拓く

東北大学大学院文学研究科教授 大藤 修

 本書は、籠橋俊光氏が二〇一一年に東北大学大学院文学研究科に提出された博士論文のうち、藩領中間支配機構の存在形態と機能の分析を通して、地域社会と行政を考察した論考を編んだものである。氏の研究の特徴は文書学的分析手法を駆使している点にある。

 対象としているのは、水戸藩の大山守・山横目と仙台藩の大肝入であるが、彼らは職務遂行の過程で、さまざまな身分・役職の者と種々の文書を授受した。その分析によって、彼らの社会関係と地域行政に果たした機能・役割を明らかにしうる。また書札礼の分析から、彼らの身分的位置づけと自己認識にせまることもできる。

 水戸藩大山守・山横目については、主として御用留の系統的な分析によって、近世初頭に藩有林の管理を請け負った在地有力者が、一〇ケ村前後の広域的地域社会を管轄する中間支配機構としての機能を果たすようになった過程と、その後の展開を跡づけている。とりわけ、一八世紀末期には、郡奉行配下の役人の命を受けて地域社会の実情を探る隠密の情報収集活動を行うようになり、この隠密業務によって形成した郡方役人との内々の関係を通じて、地域利害を藩政に反映させる政策提言を行うなど、地域行政のプロフェッショナルとしての地位を築き、地域内部の紛争解決にも大きな役割を果たすようになっていたことを明らかにした点は、本書の白眉である。

 また、仙台藩の大肝入が、職務に関わってさまざまな身分・役職の者と文書をやりとりする際の、書札礼をめぐるトラブルの分析を通じて、彼らの身分的位置づけ、自己認識、地域社会と藩社会の関係などにアプローチした論考も興味深い。古文書学に属する書札礼研究を地域社会研究に適用し、中間支配機構の身分をめぐる問題に論及している点で、方法論的にも意義をもつ。

 本書は、明晰な分析と論理構成によって、藩領中間支配機構論、地域社会論、地域行政論に新たな地平を切り拓いているが、アーカイブズ学と古文書学の手法を駆使して、鮮やかに論点を浮かび上がらせている点は、近世文書学の進展にも寄与するところが大きい。

 なお、博士論文には、献上・贈答儀礼論、地域社会論、生業論、流通論、権力論などをリンクさせた、斬新な切り口の論考も収められていたが、紙幅の関係で本書では割愛されている。別個の一書にまとめられることを望みたい。
※所属・肩書き等は、本書刊行時のものです。