近世大坂と被差別民社会
寺木伸明・藪田 貫編


大阪近世人権史研究会の研究活動の成果であり、1980年代以降における身分制と近世社会をめぐる研究潮流のもたらしたひとつの帰結である。新出史料を該当論文の末尾に翻刻収録し、また、適宜コラム欄を設けて、分かりやすく記述している。




■本書の構成

第一部 大坂の支配と被差別民

第1章 一八世紀半ば〜一九世紀初めにおける大坂町奉行所の捜査・召捕とその補助者…………安竹貴彦
(大阪市立大学)
    はじめに
    大坂町奉行所における捜査・召捕業務
    むすびにかえて


第2章 大坂三郷支配における町惣代の役割…………野高宏之
(奈良県立大学)
    町惣代と人足支配
    往来の管理
    都市行政    


第3章 平人と被差別民との婚姻・雇用をめぐる裁判について 
――大坂町奉行吟味伺書の考察―― …………藤原有和(関西大学)
    平人と被差別民との婚姻・混住をめぐる学説
    平人身分の男性が被差別身分の女性と婚姻した場合
    被差別身分の男性が平人身分の女性と婚姻した場合
    被差別民が百姓・町家に住居した場合
    被差別民が平人方へ被差別民の奉公を斡旋した場合


第4章 「風聞書」の世界 
――大坂町奉行所と「長吏の組織」―― …………藪田 貫(関西大学)
    はじめに――大塩事件と「風聞書」――
    町奉行と風聞書(一)
    町奉行と風聞書(二)
    「長吏の組織」と風聞書

    コラム1 中近世移行期かわた村の具体相…………のびしょうじ(西播地域皮多村文書研究会)
    コラム2 皮田用村牢「境の内」について…………のびしょうじ
    コラム3 大坂四ケ所の在方小頭支配…………のびしょうじ


第二部 地域社会のなかの被差別民

第5章 大和川付替による河内国矢田部落の集落移転について…………臼井壽光
(元大阪の部落史委員会)
    枝郷制論の現在
    大和川付替普請下の富田郷
    移転直前・直後の矢田村の実情
    その後の富田新田
    近代の部落「枝郷」制


第6章 江戸中期における草場の実態と死牛の取得状況・取得方式 
――河内国石川郡新堂村枝郷皮多村の場合―― …………寺木伸明(桃山学院大学)
    はじめに――本章の課題――
    江戸中期の草場の実態と死牛(雄)取得の状況
    江戸中期の死牛(雄)取得の方式


第7章 御用筆師勝守家とかわた村・白革師…………勝男義行
(三田祥雲館高等学校)
    御用筆師勝守陸奥
    筆毛師
    勝守の窮状と対応


第8章 近世被差別民における縁起・由緒書の成立事情について…………森田康夫
(樟蔭東女子短期大学名誉教授)
    由緒・縁起に見られる自意識
    由来書・縁起類の成り立ち

    コラム4 初期大坂四ケ所十三組と浜稼ぎ…………のびしょうじ
    コラム5 七瀬新地の位置づけについて…………のびしょうじ
    コラム6 在方小頭・非人番の役銭について…………のびしょうじ


第三部 近代移行期の被差別民

第9章 天保改革期大坂の人足寄場…………松永友和
(徳島県立博物館)
    大坂における人足寄場の研究状況
    大坂代官所の人足寄場
    大坂町奉行所の人足寄場


第10章 斃牛馬自由処理運動の顛末…………のびしょうじ
    はじめに――研究史と論点――
    運動展開の射程をはかる――吉田論文を素材に――
    広域運動・食肉生産・博労制
    処理令前夜・後朝
    処理令直後の南王子村
    まとめにかえて――当該期の見通し――


第11章 近代初頭の大阪の皮革業…………高木伸夫(ひょうご部落解放・人権研究所)
    胎動期の西浜の皮革業(一八六八年〜一八七五年)
    転換期の西浜の皮革業(一八七六年〜一八八三年)
    成長期の西浜の皮革業(一八八四年〜一八八六年)
    拡大期の西浜の皮革業(一八八七年〜一八八九年)

    コラム7 大坂代官所の天王寺村牢屋敷…………松永友和
    コラム8 森清五郎小伝…………高木伸夫




  編者の関連書籍
  藪田 貫編著 大坂西町奉行 新見正路日記

  藪田 貫著 近世大坂地域の史的研究

  藪田 貫編 近世の畿内と西国

  藪田 貫編 天保上知令騒動記

  藪田 貫著 新版 国訴と百姓一揆の研究

  藪田 貫編 大坂西町奉行 久須美祐明日記



ISBN978-4-7924-1030-8 C3021  (2015.2) A5判 上製本 428頁 本体9,800円

  本書が刊行されるについて


和歌山大学名誉教授  藤本清二郎

 
 本書は、「二〇〇九年度から二〇一一年度までの三年間にわたって実施された大坂近世人権史研究会の研究活動の成果をまとめた」研究論文集である(「はしがき」)。本書の成り立つ経緯として、一つには、『大阪の部落史』編纂事業の中で、収集されたものの史料編掲載に漏れた近世関係(厳密には近代の史料を含む)の新出史料があり、これらを使って新しい論点を提示したいという関係者の強い希望と意欲、他には神戸市立博物館所蔵の文書群を編纂した『悲田院長吏文書』(正続二巻)の刊行が契機となって、その研究を発展させ、大坂の都市支配の内実を解明しようという二つの動向が注目される。本書はこれら二つの研究動向にかかわった寺木伸明氏・藪田貫氏が共同で編まれた。
 本書所収論文は「大坂の支配と被差別民」・「地域社会のなかの被差別民」・「近代移行期の被差別民」のテーマごとに分けられているが、提起された論点・視点や分析対象の史料等を若干摘記してみよう。大坂町奉行所に関わって「捜査・召捕」の再検討(安竹論文)、「吟味伺書」にみる被差別民と平人間の婚姻・雇用裁判分析(藤原論文)、「長吏の組織」を視野に入れた「風聞書」考察(藪田論文)、人足支配の観点から「町惣代」の見直し(野高論文)、大坂の人足寄場への注目(松永論文)など。都市史・法制史研究に被差別民が視野に入っている。
 また被差別民の従事した地域産業に関わっては、次の論点が注目される。近世後期〜明治維新期における食肉生産・博労業と斃牛馬自由処理運動に関する分析(のび論文)はそれらの総体をとらえており新しい水準を示すであろう。朝鮮の皮革輸入を視野に入れた明治前期の大阪西浜の皮革業の分析は統計資料を駆使した堅実ですぐれた分析といえよう(高木論文)。御用筆師勝守氏を頂点とする筆毛生産の基礎には、被差別民による皮と毛の分離労働および「筆毛師」の分析がなされており、従来の死角を照射する論考である(勝男論文)。その他の論文も大坂地域の被差別民に関わる新出史料を分析している。
 このように、本書には大坂の被差別民を視野に入れた町奉行所の都市支配と、被差別民の生存を具体的に跡づける意欲的な論文が収録されている。今後、被差別民を含んだ「大坂」の歴史全体像の検討が進む契機となろう。さらに被差別民を視野に入れた近隣城下町研究・都市史研究に裨益するところも大である。一読をすすめる。


※所属・肩書き等は、本書刊行時のものです。