福山藩地方書の研究
阿部氏治世期徴租法の解明
勝矢倫生


阿部氏治世期の福山藩は、17世紀の増収分が幕領に編入された上、藩主が幕閣に連なることが多くて目が行き届かず、苛政に走るきらいがあった。これに対するアンチテーゼとして成立した形跡のある地方書「郷中覚書」の解析を中心に米に限らず、麦・綿・藺・木綿・稗等の多様な作付作物や屋敷地への貢租徴収仕法の展開事情や、災害後の復興策としての起こし鍬下年季仕法について考察する。



■本書の構成

序 章 福山藩における地方書研究の課題と展望
    
福山藩の地方書/地方書「郷中覚帳」の成立/阿部氏福山藩政における地方書「郷中覚帳」の位置/地方書「郷中覚帳」の構成と内容―本書の課題―

第一章 福山藩の耕地環境・農業経営構造
    
はじめに/福山藩六郡の耕地環境/福山藩六郡の耕地利用状況と農業生産力/福山藩六郡の農業経営構造

第二章 福山藩における土免制の基本構造
   
 はじめに/福山藩における土免制の成立/福山藩における土免制の基本的性格/凶作時検見の運用構造/一毛荒(皆捨てり)の運用構造/おわりに

第三章 福山藩における木綿徴租法
    
はじめに/木綿検見・木綿見分の実施原理/木綿検見・木綿見分の運用構造/木綿検見・木綿見分の展開構造/皆損時における年貢減免仕法の運用構造/おわりに

第四章 福山藩における藺田徴租法
    
はじめに/福山藩における藺草の栽培事情/福山藩藺田徴租法の基本構造/藺田内見・藺田見分・晩稲検見の運用構造/藺田年貢の賦課構造/織村の設定構造/おわりに

第五章 福山藩における麦作・稗作徴租法
    
はじめに/福山藩における麦作の展開事情/福山藩における麦作徴租法/徳川期日本における稗作の展開事情/福山藩における稗作の展開事情/福山藩における稗作徴租法/おわりに

第六章 福山藩における屋敷地徴租法
    
はじめに/元禄検地における屋敷地/新屋敷/阿部氏治世福山藩における新屋敷の実態/家作統制策の展開/おわりに

第七章 福山藩における耕地水害復旧支援策の展開構造
  ―起こし鍬下年季仕法の分析を中心に―
    はじめに/天領における耕地保全策としての鍬下年季仕法の展開事情/諸藩における耕地保全策としての鍬下年季仕法の展開事情/福山藩の水害事情・治水事情/福山藩起こし鍬下年季仕法の実施原理/福山藩起こし鍬下年季仕法の年季算出法/福山藩起こし鍬下年季仕法の展開構造/おわりに


第八章 総括的考察
  ―結語にかえて―
    阿部氏福山藩における徴租法の確立過程/福山藩農民の徴租法への対応/福山藩地方支配における地方書の役割/近世徴租法研究の課題

あとがき




  ◎勝矢倫生(かつや みちお)……1948年生まれ 現在、尾道市立大学名誉教授



 
◎おしらせ◎
 『日本歴史』813号(2016年2月号)に書評が掲載されました。 評者 渡邊忠司氏

 『社会経済史学』第83巻2号(2017年8月号)に書評が掲載されました。 評者 落合 功氏



ISBN978-4-7924-1034-6 C3021 (2015.1) A5判 上製本 386頁 本体8,800円

  刊行にあたって


 近年、近世日本経済史・農業史研究において、徳川期における農業の多様性が重視されるようになり、これに連動して、近世徴租法研究においても、田方・畑方経営全体に対する貢租徴収構造の解明が強く求められるようになった。もちろん、ここに言う貢租負担とは流通段階に課される運上・冥加類の租税のことではなく、生産段階に課される貢租負担、すなわち、田方・畑方における作物の作付け・収穫そのものに対する年貢負担を指している。現在のところ、このような徳川期農民による稲作以外の作物生産に対する幕府・諸藩の徴租法に関する研究成果はまだきわめてその数が限られ、対象地域も限定されている。
 本書では、このような近世徴租法研究の課題に応えることをめざし、「郷中覚帳」などの地方書の解析を通して、土免制の設定を基礎として確立をみた備後国福山藩阿部氏治世期における徴租法について、米作のみならず、麦作・綿作・藺作・麦作・稗作・煙草作など、多様な作付作物に対する貢租徴収仕法の構造とその展開事情の解明を試みた。また、これに加えて、阿部氏治世期福山藩における村方屋敷地の徴租法についても考察した。
 一方、近年、相次ぐ大災害の経験を経て、環境史・災害史に強い関心が寄せられ、国家・行政の危機管理、セーフティネットのあり方を歴史的に遡及する研究の高揚がみられるようになった。本書では、このような新たな研究課題に応える一つの試みとして、同じく地方書「郷中覚帳」の分析を通して、阿部氏福山藩における起こし鍬下年季仕法の構造とその展開過程を追究した。福山藩では、河川の氾濫によって耕土の流失や砂入りが生じたとき、村方は耕地の復旧に要する労力負担と引き替えに一定の鍬下年季が認められ、その期間、年貢負担が免除された。この制度の眼目は官民双方が痛みを分け合う形で罹災した耕地の修復・保全をめざすところにあり、相当綿密な仕法を構築し、これに準拠した制度の実施・運用が継続された。水害復旧の迅速化をめざす福山藩起こし鍬下年季仕法のセーフティネットとしての役割の意義と限界点を究明した。
 上述の地方書とは、天領・諸藩の地方役人、庄屋などの村役人によって、農政・民政の指導書・実務マニュアルとして活用されることをめざして記された著編書を言う。筆者はこれまで近世地方書を農政史・民政史研究のための史料として活用する可能性を探るべく、芸備地域の広島・福山両藩の地方書研究に取り組んできた。前著『広島藩地方書の研究』では、農政批判・政策提言書としての地方書に着目して分析を進めたが、本書では「郷中覚帳」などの地方算法書としての性格を具えた地方書に注目し、その読解を通して阿部氏治世期福山藩の徴租法の構造を解明することに専念した。本書の論考が近世徴租法研究の進展に資することを願う次第である。ご一読、ご批判を賜われば幸いである。
勝矢倫生
※所属・肩書き等は、本書刊行時のものです。