戊辰戦争と「奥羽越」列藩同盟
栗原伸一郎著


本格的な実証研究が現れなかった奥羽越諸藩の動向に、全面的に光を当てる。敗者となった結果からさかのぼる視点を脱却し、諸藩がどのような条件や価値観のもとで、政治選択を積み重ねていったのか、京都での活動も視野にいれながら叙述する。非「奥羽越」諸藩と米沢・仙台・会津・上山各藩の連携の可能性が示されるなど、新政府をとりまく政治情勢が流動的であったことを示唆する、維新史研究に新たな地平を切り開く業績。




■本書の構成

序章 本書の課題と方法
  一 奥羽越列藩同盟をめぐる研究課題/二 分析視角と本書の構成

第一部 「奥羽」列藩同盟の結成

第一章 幕末期の上山藩と南奥羽諸藩
    はじめに/一 金子与三郎の政治活動/二 屋代郷騒動における上山藩の周旋/三 南奥羽における諸藩連携動向/おわりに

第二章 幕末仙台藩の自己認識と政治動向
  はじめに/一 動かない大藩と奥羽/二 動き出す大藩と奥羽/おわりに

第三章 王政復古政変前後における仙台藩と米沢藩
  はじめに/一 仙台藩と衆議/二 米沢藩と公議政体/三 奥羽諸藩会議/おわりに

第四章 戊辰戦争期における奥羽連合構想の諸相
  はじめに/一 王政復古政変以降における奥羽諸藩の地域的連携/二 米沢藩士甘糟備後の「奥羽合従」構想/おわりに

第二部 「奥羽越」列藩同盟への展開

第五章 越後における諸藩の地域的連携動向
  はじめに/一 会津藩主導の諸藩会議/二 会津藩と衝鋒隊の北越諸藩取り込み工作/三 越後諸藩と会津藩の思惑/おわりに

第六章 奥羽諸藩と北越諸藩の連合
  はじめに/一 米沢藩と新発田藩の避戦運動/二 米沢藩の越後出兵と北越諸藩取り込み工作/おわりに

第三部 非「奥羽越」諸藩との連携の可能性

第七章 討会と討薩をめぐる京都政局
  はじめに/一 京都における仙台藩と米沢藩の連携/二 薩長関係と討会論・討薩論259/三 奥羽列藩同盟と新政府の開戦/おわりに

第八章 列藩同盟と非「奥羽越」諸藩連携構想
  はじめに/一 奥羽列藩同盟の成立と有力諸藩への期待/二 米沢藩・仙台藩・会津藩の非「奥羽越」諸藩連携工作/おわりに

第九章 列藩同盟と肥後藩
  はじめに/一 肥後藩の政情認識/二 藩内の動揺と止戦建白の決定/三 止戦をめぐる肥後藩邸の動向/おわりに


終章 本書の成果と課題
  一 各章の内容/二 本書の総括と課題

  
あとがき 索引




  ◎栗原伸一郎(くりはら しんいちろう)……1975年生 博士(文学) 現在、宮城県公文書館公文書等専門調査員



 著者の関連書籍
 平川 新 編 江戸時代の政治と地域社会 全2巻

 入間田宣夫監修 講座 東北の歴史 全六巻



 
◎おしらせ◎
 
『日本歴史』第844号(2018年9月号)に書評が掲載されました。 評者 畑中康博氏

 『歴史』(東北史学会)第133輯(2019年10月号)に書評が掲載されました。 評者 天野真志氏




 ISBN978-4-7924-1078-0 C3021   (2017.10)   A5判  上製本  380頁  現在、品切中です

  
奥羽越諸藩の動向が一望に!

佛教大学教授 青山忠正
 明治維新に関して、基本的な事実は、すでに大部分が明らかにされており、少なくとも専門家の間では、周知徹底されていると、一般には思われがちである。残念ながら、そのようなことはない。二年前に権威ある出版社から出された通史の、幕末維新を扱った巻に、慶応三年十二月九日、禁裏の諸門を薩長両藩兵が固めるなかで、政変が決行され……、と書かれてあるのを見て、仰天したことがある。長州毛利家当主父子の官位復旧が認められ、入京が許可されるのは十二月八日深夜の朝議においてであり、現代の時制では九日の未明にあたる。政変発動の時点で、長州兵一千二百名は、摂津西宮(現在の兵庫県西宮市)に待機中であり、京都市中には一兵もいない。おおかた、教科書レベルのあいまいな叙述が、著者の内部には刷り込まれているのだろう。他人事とは思えない。

 そのような、なおざりにされている基本的な事実の、典型ともいえる例が、戊辰戦争期における奥羽越諸藩の動向である。それらは、戦前期には、官軍に刃向かう者の末路として、滅び去るのが当然とされ、研究の対象にならなかった。戦後になってからも、石井孝氏が、奥羽越列藩同盟の評価に関して、「おくれた封建領主のルースな連合体」と、いみじくも述べたように(一九六八年)、「東北ないし裏日本は後進地帯」という固定観念が根強く反映され、本格的な実証研究は、なかなか現れなかった。

 そのような意味で、いわば、維新史のブラックボックスであった奥羽越諸藩の動向に、全面的に光を当てた研究が、本書である。本書では、当然とはいえ、会津・仙台・米沢をはじめとする奥羽越諸藩が敗者となった、という結果から、さかのぼる視点を脱却し、新たな史料と事実の掘り起しを踏まえながら、幕末期以来、明治元年に至る迄、それぞれの諸藩ないしは、その指導者が、どのような条件や価値観のもとで、政治選択を積み重ねていったのかを、淡々と、かつ丁寧に叙述する。

 また、その視野は、奥羽越の地域に限られることなく、京都詰の家臣にも及ぶ。特に文久期以降、各藩の京都留守居たちは、相互に連絡を取り合って情報を交換し、あるいは連携的な活動を示し、みずからの政治的な判断を形成していた。その意味からすれば、奥羽越諸藩の動向といっても、情報の最初の発信源にあたる、京都での活動を無視できないのだが、本書の著者は、その点にも目配りを忘れていない。

 さらには、肥後藩に代表される非「奥羽越」諸藩と、米沢・仙台・会津各藩との連携の可能性が示される。いささか飛躍した言い方になるが、その可能性は、明治初期の新政府を取り巻く政治情勢が、私たちが思い込まされている以上に、たいへん流動的なものであった、ということを示唆しているようだ。戊辰戦争期の研究という枠にとらわれず、維新史研究の新たな地平を切り拓く業績として、本書を広く推薦する。
※所属・肩書き等は、本書刊行時のものです。