近世大名家における「家」と「御家」
萩毛利家と一門家臣
根本みなみ著


国人中の「同輩中の首席」が「主君」に成長し、一方養子による全面的血統交代も起こらなかった毛利家では、かえってそれゆえに傍系からの本家相続には緊張関係が発生した。崇敬対象を近世大名の祖としての輝元ではなく、「御家」の祖の元就とする変革を試み、元就の子孫としての身分的優位性を一門にもたせて家臣秩序へ改めて組み入れようとした重就、同じく傍流なるがゆえに正統に最も近い元徳を養子とする等、正統性の不足を正当性で補おうと努めた敬親を中心に、緊張関係を描出していく。




■本書の構成

序 章

  近世大名家の「御家」研究の現状と課題
  本書の視角
  萩毛利家の成立と「御家」の課題
  本書の構成


第一章 宝暦~天明期萩毛利家における「御家」の課題
――二つの復古と新秩序への移行

  はじめに
  本分家関係から見る一門
  重就の家督相続と「御家」の課題
  重就と「御国政御再興記」
  系譜意識の再編と「御家」
  小括――復古をめぐる対立が生んだもの


第二章 一門家臣の「家」と家中秩序
――遠忌法要に関わる論理の変遷

  はじめに
  一門家臣の系譜問題と自己意識
  一門先祖の遠忌法要と家中秩序
  毛利家関係者の遠忌法要――外戚・枝葉・末家を事例に
  祭祀改革による秩序の再編――敬親治世における祭祀改革
  小括――「身分的優位性の派生」としての再把握


第三章 萩毛利家における「勤相」統制
――同族的結合の形成過程と問題点

  はじめに
  宝暦・明和期の「勤相」統制
  「勤相」再開への交渉
  重就直書の果たした役割――元就教訓状の再現
  寛政~文化期における「勤相」をめぐる問題
  小括――「勤相」をめぐる連続と断絶


第四章 近世後期における萩毛利家の「御家」意識
――同族内婚姻の意義

  はじめに
  斉元の相続と婚姻――「家」と「御家」の問題
  萩毛利家における将軍家との婚姻――「御家」意識の構築と将軍家権威
  天保期における大名の「御威光」確立――敬親治世初期を事例に
  同族的結合の構築と血統――正統権威の根源
  小括――動乱期にむけた「御家」意識の変容


第五章 近世大名家家中における一門家臣
――役職と家をめぐって

  はじめに
  役職と「家」の相克――役職就任をめぐる一門家臣の自己意識
  斉熙の後継者選定と一門――準一門との差異化
  期待される一門像――家中から見た一門家臣
  小括――一門家臣をめぐる言説


終 章

  各章の総括
  近世大名の「御家」意識――正統性の源泉をめぐる相克
  一門家臣の「家」意識――家格制度における葛藤
  秩序の維持・再生産回路の一部としての一門





  ◎根本みなみ……筑波大学人文社会系特任研究員 博士(文学)




 著者の関連書籍
 浪川健治編  明君の時代 ―十八世紀中期~十九世紀の藩主と藩政―



 
◎おしらせ◎
 『史学雑誌』第128編第10号(2019年10月号)に書評が掲載されました。 評者 立石 了 氏

 『日本歴史』第867号(2020年8月号)に書評が掲載されました。 評者 岸本 覚 氏




ISBN978-4-7924-1090-2 C3021 (2018.6) A5判 上製本 298頁 本体7,800円

  
「家」集団の結合原理へのアプローチ

九州大学大学院比較社会文化研究院教授 高野信治  

 私事で恐縮だが、最近、相次いで亡くなった父母の様々な法事をいかに行うのか、悩みは現在進行形である。その大きなものは親族との関係だ。家名・家業・家産などの諸要素からなる「家」という集団を軸に社会が構成される状況が本格的になった江戸時代、とりわけ武家に関心を持つものとしては恥ずかしい限りだが、現実世界での親族、「家」をめぐっては疎遠で、改めてかかる問題のいくばくかの重さを実感している。

 江戸時代の武士の世界は、親族、「家」を単位とし、それらの繋がりで形成されていたため、このような悠長は許されず、大名など武家当主では、言わずもがなだろう。

 本書は、萩毛利家の中後期(主に宝暦期以降)を対象に、大名の親族、つまり大名から派生、分出した一門家臣(具体的には末家、一門、準一門など)の「家」のあり方を、大名との関係、自己の認識、一般家臣の見方などを踏まえ検討し、大名・家臣の帰属集団としての「御家」をめぐり考察を試みた。私もかつて大名の「御家」観念がどのように形成されるのかを、龍造寺からの当主交代で成立する鍋島家を素材に解析し、その主たる契機が中央政権(豊臣・徳川)への対応、いわば当主交代のなか大名家としての結束の必要性が、当主・家臣、とりわけ前領主の龍造寺一門に了解されたことに求めた。龍造寺一門は「親類同格」として、鍋島の一門に位置付けられつつ矛盾が内包されていたこともうかがえたが、近世初期に限定された一面的理解の域を出なかった。

 そのような立場から本書に接すると、大名家と一門家臣との緊張が初期に解消せず、むしろ流動的に継続すること、これにともない「御家」意識も大名・家臣の関係性のなかで、双方向的に変容するのを見通す内容には、文字通り若い著者による仕事の量とともに質の高さに驚く。私の注目点は、後継不在により傍系出身者の家督相続が続くなか、近世大名の祖としての毛利輝元への崇敬から「御家」の祖という毛利元就への崇敬に変化した、との指摘である。元就の子孫という身分的優位性を一門に持たせ、家臣秩序に改めて組み入れることで、「御家」の危機を乗り越える試みといえよう。

 国人領主による結集のなか器量者が当主・大名化する。戦国大名形成の一つの典型とされた毛利家において、家臣団の最上に位置し矛盾的な存在でもある一門の「家」を、近世中後期を射程に様々な角度から検証して、変容しつつも「御家」との不可分な関係が存続したのを明らかにした本書は、大名家ひいては武家集団の結合原理の解明に資するだろう。
※所属・肩書き等は、本書刊行時のものです。