舌耕・書本・出版と近世小説(ぜっこう・かきほん・しゅっぱんときんせいしょうせつ)
山本 卓著


近世小説の舌耕性の問題をはじめ、舌耕と不即不離の関係にある書本と近世小説の問題、出版書肆の動向、諸本の読本化における出版の問題などを論じる。


本書の構成

はじめに

第一部 舌耕者都の錦
  第一章 舌耕者都の錦 ―メディアとしての舌耕・書本―
  第二章 都の錦自筆片仮名本『内侍所』考と論
  第三章 都の錦と神道講釈

第二部 浮世草子と巷談実録および浄瑠璃
  第一章 『元禄曽我物語』攷 ―浄瑠璃利用と実録への展開を中心に―
  第二章 長崎喧嘩一件 ―巷説・実録と浮世草子― 

第三部 転換期における出版書肆の動向
  第一章 菊屋安兵衛の出版動向
       付表 菊屋安兵衛出版年表稿
  第二章 文運東漸と大坂書肆

第四部 後期上方読本とその出版
  第一章 『絵本太閤記』の成立と出版
  第二章 義士伝実録と『絵本忠臣蔵』
  第三章 『絵本宇多源氏』をめぐって ―絵本読本誕生の頃―
  第四章 『絵本敵討孝女伝』 ―実録種の読本化と出版書肆―
  第五章 役者似顔絵と大坂本屋仲間 ―読本『報讐竹の伏見』一件とその背景―


付録 都の錦自筆片仮名本『内侍所』翻刻

あとがき




  著者の関連書籍
  山本 卓編  忠臣蔵初期実録集



ISBN978-4-7924-1416-0 C3091 (2010.10) A5判 上製本 380頁 本体8400円
新しい〈よみほん〉研究の先駆け
国文学研究資料館教授・総合研究大学院大学教授 大高洋司
 学友山本卓氏が、著書を出版された。院生時代から知る著者の堅実な学風に大胆さが加わり、読んで面白い論文集になっていることに改めて敬意を覚える。
 全体を四部構成とし、日本近世小説のうち、主として浮世草子と読本(上方出来の絵本読本)を扱う。しかし本書では、対象とされる作者・作品が独自の視点で分析され、読者は、きわめて斬新かつ信頼性の高い結論へと導かれることになる。
 著者の考察の核となっているものは、ひとつには長年にわたる実録(体小説)への親炙である。著者が当代実録研究のリーダーの一人であることは衆目の一致するところ、「義士伝実録と『絵本忠臣蔵』」と題する第四部第二章には、その識見が最も遺憾なく発揮されているように思う。遡って第一部第一〜三章では、著者自身の発見・所蔵にかかる早期の赤穂義士小説である片仮名本『内侍所』(写本、付録として翻刻)が、浮世草子作者として知られる都の錦の自筆本と認定され、同人が神道講釈を良くする舌耕者であるとの認識が明確に示された。『内侍所』はやがて実録『赤穂精義内侍所』へと成長し、絵本読本『絵本忠臣蔵』の最も主要な典拠作となる。赤穂事件が舌耕者によって虚構化され、口承・書承を経て出版に至るまでの道筋が、著者積年の努力によってここまで解明されたのである。
 実録と共にもうひとつ、著者は、『大坂本屋仲間記録』を中心に出版史料への目配りを怠らない。第三部では京坂書肆の趨勢が文学史と絡めて、第四部では、多く実録を加工して制作された絵本読本に関与した書肆が、立ちはだかる「出版条例」の壁にどう対処したかが、『仲間記録』からの多くの引用を通じて具体的に浮かび上がってくる。また、読本『報讐竹の伏見』の口絵の細部への疑問にはじまり、本作の背景にある書物屋・草紙屋間の既得権をめぐる係争を浮かび上がらせた第四部第五章は、双方の当事者及び仲間行司の緊迫したやり取りを、あくまで史料に即しながら余すところなく伝えて秀逸である。
 最後に少し自分に引きつけた物言いをお許し願えれば、平成十六〜二十一年、代表をつとめた国文研プロジェクト研究の一員として、著者山本氏にもご参加を依頼した。このプロジェクトは「近世後期小説の様式的把握」を標榜したが、最終段階に至って、メンバー間に、近世小説の主流を大きく〈よみほん〉と捉え、写本(書本)・版本に偏せず、既成のジャンル分けを超えた連携を深めようとの共通認識が生じた。中にあって山本氏は、謙抑なお人柄そのままに、決して多くを語らなかったが、本書所載の諸論考は、まさに新しい〈よみほん〉研究の先駆けと称するに相応しい、意欲的な業績として輝いている。本書がそれ自体のもつ力によって長く生命を保ち、斯学に寄与することは自明であるが、著者と志を同じくする者として贅言を添えさせていただいた。

 
※所属・肩書き等は、本書刊行時のものです。