塩田の村
「有光家文書」の中世的世界
平瀬直樹著


もともと数少ない中世の在地文書であるが、その多くは畿内周辺地域に伝来している。それに対して、「有光家文書」は本州の最西端に位置する長門国正吉郷に伝来したものである。中世の在地文書であること、そして畿内から遠く離れた地域に伝来した文書であることの二つの点から全国的に極めて稀有な存在である。現在では中世村落は概ね〈内部に有力な農民と零細な農民が存在する不平等を含みながら、自治的に運営される共同体〉というイメージで語られている。これは畿内とその周辺にある「惣村」をモデルにして形成された。しかし、限られた地域のイメージを中世村落全般に適用するのは危ういことである。入門的な研究書である本書から、「有光家文書」のおもしろさを多くの人に伝える。




■本書の構成


第一章 塩田

第二章 秦氏

第三章 人身売買

第四章 徳政

第五章 有光氏

第六章 まじない

第七章 長門国の宗教世界



  ◎平瀬直樹
(ひらせ なおき)……1957年大阪市生まれ 金沢大学人間社会研究域歴史言語文化学系教授 主要著書に『大内氏の領国支配と宗教』『大内義弘―天命を奉り暴乱を討つ―』など




ISBN978-4-7924-1445-0 C0021 (2019.10) A5判 並製本 口絵4頁・本文142頁 本体1,800円
 今日、私たちは古文書のお蔭で歴史の真相に近づくことができるが、その多くは貴族や大名といった支配者層のもとに残されたものである。農民や漁民のような被支配者層のもとに古文書が残ることはあまりない。

 もともと数少ない中世の在地文書であるが、その多くは畿内周辺地域に伝来している。それに対して、「有光家文書」は本州の最西端に位置する長門国正吉郷に伝来したものである。中世の在地文書であること、そして畿内から遠く離れた地域に伝来した文書であることの二つの点から全国的に極めて稀有な存在と言えるだろう。塩田の絵図が含まれていることから、すでに中世製塩の実態を伝える貴重な文書としては知られていた。しかし、「有光家文書」の魅力は製塩だけではない。以下に、この文書の興味深い特徴を挙げておく。

 ①塩田を描いた絵図から、製塩が行われていた場所の地理的条件が窺える。
 ②上層農民について、宮座や農業経営など、その具体的な活動がわかる。
 ③下人の売買、及び下人が逃げ込んだアジールについて理解できる。
 ④売買を混乱させる行為である「徳政」に備えた文書について理解できる。
 ⑤正吉郷八幡宮大宮司の交代の背景に、守護大内氏の領国支配政策が窺える。
 ⑥大宮司が行うまじないの中に、中世神道の広がりが見える。

本書のねらいは①〜⑥の切り口から畿内から遠く離れた地域の中世村落の具体像を引き出し、中世村落のイメージをより豊かなものにすることである。

 そこで、本書では①〜⑥に対応させ、第一章から第六章を設けた。さらに第七章を加え、正吉郷及び正吉郷八幡宮について周辺村落及び他の神社との関係にも触れる。章ごとに数点の文書を掲げ、それぞれ〔1写真と翻刻〕、〔2読み下し文〕、〔3現代語訳〕、〔4解説〕という四つの段階を設けている。

 現在では中世村落は概ね〈内部に有力な農民と零細な農民が存在する不平等を含みながら、自治的に運営される共同体〉というイメージで語られている。これは畿内とその周辺にある「惣村」をモデルにして形成された。しかし、限られた地域のイメージを中世村落全般に適用するのは危ういことであろう。入門的な研究書である本書から、「有光家文書」のおもしろさを多くの人に伝えたいと考えている。 
 (平瀬直樹)
※所属・肩書き等は、本書刊行時のものです。