桑名藩家臣団と藩領社会
藤谷 彰著



藤堂藩との比較から、伊勢国内大藩の構造的な違いを鮮明にする。あらためて「藩領社会」とはなんだったのかを考えさせられる労作。



■本書の構成


序 章
  
はじめに/藩・大名と村落史研究/問題の所在と分析の視角/分析対象と本書の構成

第一部 桑名藩家臣団の展開

第一章 桑名藩家臣団の構造と形成過程 
―近世前期松平定綱時代を事例に―
  
はじめに/家臣団構造と変容/家臣団の創出/譜代衆の形成/おわりに

 補論 桑名藩家臣団の由緒書 ―「天明由緒」の概要―
  
はじめに/「天明由緒」の構成と編纂経緯/藩編纂由緒との比較/おわりに

第二章 桑名藩家臣団の変容と確立期の特徴 ―藩主移行期を中心に―
  
はじめに/定綱以降の家臣団構造と職制/身分序列の確立と譜代衆の形成/定重時代(高田転封)以降の取立概況/おわりに

第三章 近世前期の桑名藩の知行制 ―久松松平氏を事例に―
  
はじめに/近世前期の家中物成と知行制/上級家臣の知行制/知行形態の変容/おわりに

第四章 桑名藩の家中騒動 ―野村増右衛門事件を事例に―
  
はじめに/従来の野村増右衛門像と関係史料/増右衛門の取立と業績/増右衛門の失脚/おわりに

第二部 桑名藩領社会と村のくらし

第一章 桑名藩の在地代官 
―近世前期から中期にかけて―
  
はじめに/桑名藩政と大庄屋の取立/在地代官の取立/在地代官の職務/おわりに

第二章 近世前期の桑名藩農政 ―松平定綱の政策理念から―
  
はじめに/松平定綱の政策理念と法令/年貢徴収体制基盤の整備/年貢制度の確立と政策の転換/おわりに

第三章 近世中・後期の桑名藩年貢政策 ―奥平松平氏を事例に―
  
はじめに/前領主との年貢政策の継続性/年貢動向の概観/年貢徴租法と年貢政策/おわりに

第四章 桑名藩領村落社会と年貢村請制 ―中野村・小原一色村を事例に―
  
はじめに/近世前期の村落社会/近世中期から後期の村落社会/村落の年貢負担と村内割付/村落内融通と相互扶助/おわりに

 補論 桑名藩の年貢関係史料 ―小原一色村を事例に―
  
はじめに/年貢関係史料の特徴/各史料の相関関係/おわりに

第五章 旧桑名藩領村落の年中行事と豪農の生活 
―伊勢国三重郡八王子村を事例に―
  はじめに/八王子村の村況と小林家文書/村の年中行事と生活/小林家の経営/おわりに

第六章 桑名藩領の街道村落の様相
 ―日記に見る小向村庄屋の生活と役務―
  はじめに/幕末期の小向村の様相と日記/上層農民のくらし/庄屋の役務と村のできごと/おわりに


終 章
  はじめに/家臣団創出・構造・知行制・家中騒動/藩領社会の支配/村社会と家/比較藩研究/おわりに



  ◎藤谷 彰
(ふじたに あきら)……1961年三重県生まれ 三重大学大学院人文社会科学研究科修了 現在、三重県文化振興課歴史公文書班主幹兼係長


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ISBN978-4-7924-1485-6 C3021 (2021.1) A5判 上製本 358頁 本体8,500円

  
堅実な藩政史研究の成果

三重大学教授 藤田達生  

 今や三重県内でも、藩政史研究という近世史研究のど真ん中の分野を専門とする研究者は、数えるほどしかいなくなってしまった。その意味で、このたび藤谷彰氏が、藤堂藩(藩庁伊勢津城、外様三十二万石)を分析した『近世大名家臣団と知行制の研究』に続いて、桑名藩(藩庁伊勢桑名城、譜代十万石)を対象とする『桑名藩家臣団と藩領社会』を世に問われたことは、まことに貴重である。

 桑名藩と言えば、幕末の一会桑政権を想起する人も少なくないだろう。美濃高須藩松平家出身の会津藩主で京都守護職を務めた容保と桑名藩主で京都所司代に就任した定敬の兄弟が、禁裏御守衛総督となった徳川慶喜とともに、孝明天皇を支えたのだった。

 このように、幕末政治の表舞台で華々しく活躍した桑名藩ではあるが、藩政史研究は意外に立ち後れていた。その理由は当然と言えば当然で、藩主家(本多家→久松松平家→奥平松平家→久松松平家)の度重なる国替に加えて、幕末に朝敵となって城郭や城下町の破却が執行されたこと、さらに伊勢湾台風によって藩政文書が散逸したことなどにあった。

 藤谷氏は、長年従事された三重県史の編纂作業を通じて、藩政史料の少ない藤堂藩においても顕著な成果を上げているが、桑名藩でも藩士の書き上げ『天明由緒』などの重要史料を丹念に分析され、多数の魅力的な史実を発掘されている。ここでは、それを二点に絞って紹介したい。

 第一点は、知行形態における蔵米知行制への移行という譜代藩の典型的特質が認められるが、それを可能にしたのは、藩官僚制の成立と在地代官に農政の実務的な職務を遂行させたことにある。後者については、百姓から武士への身分上昇が、藩内の身分制度を変質させることなく実施されたところに特徴があった。

 第二点は、藤堂藩との比較を通じて、相違点に着目している。すなわち、藤堂藩では制限されながらも地方知行制は続いたが、桑名藩では廃止されたこと。また藤堂藩では無年季的質地取戻し慣行が実施されたことに対して、桑名藩では年季付きの土地割替制度が採用されていたことを指摘する。

 伊勢国内の大藩においても、外様と譜代という立場の差もあろうが、随分と構造的な違いがあることが鮮明になっており、あらためて「藩領社会」とはなんだったのかを考えさせてくれる労作といえよう。あわせて、長年にわたって自治体研究者としての職務を堅実に勤め上げ、県民に高度な研究成果を還元され続けた姿勢に敬意を表したい。
※所属・肩書き等は、本書刊行時のものです。