地方史から未来を拓く
小林 隆著


市史編纂事業や世界遺産登録推進事業に携わりながら、藩政時代以来の彦根の来し方を沈思し、日々のまちの変容を定点観察してきた学術成果。彦根藩とその城下町の実態分析にとどまらず、故郷を離れ他地域や海外に向かう移民の問題や地域史研究の成果をどのように地元に還元し、次世代を育ててゆくのか、地域社会の担い手づくりのための重要な提言を示す。 




■本書の構成


まえがき――地方からの提言

  第一部 城下町の伝統と持続可能なまちづくり――彦根城下町の過去、現在、そして未来

序章 彦根城下町の歴史を通観する

第一章 近世のはじまり
  近世的政治権力の成立――豊臣秀吉の政治思想
  井伊家中の形成
  彦根城下町の成立をめぐって

第二章 近世日本の成熟
  彦根城と彦根城下町の形成過程
  井伊家風の形成と発展
  彦根の下屋敷――文武両道の統治者であるために

第三章 近現代への展開
  明治維新と彦根城下町
  近現代の彦根城
  彦根市街地の復興

終章 持続可能なまちづくり

  第二部 地方社会を生きた人、伝える人

第一章 地方社会を生きる
  彦根地方における近代の人口移動
  激動の明治維新と近江商人――犬上郡高宮村馬場新三の足跡
  海を越えてカナダへ――滋賀県のカナダ移民

第二章 地方社会を伝える
  郷土史を書き残す――彦根地方の郷土史編さん
  語り部たちのまなざし――彦根市民の集落史編さん・伝承活動を素材として
  次世代の担い手づくり――ふるさと学習を通じて

あとがき――どうしても書き残しておきたいこと




  ◎小林 隆
(こばやし たかし)…………1966年新潟県生まれ 神戸大学大学院文化学研究科(博士課程)単位取得満期退学 彦根市に就職し、新修彦根市史編さん事業に携わる。のち彦根城世界遺産登録推進事業に従事。学術博士(三重大学)


ISBN978-4-7924-1508-2 C1021 (2022.4) A5判 上製本 374頁 本体7,500円

  
歴史研究者の生き方を問う労作

三重大学教授 藤田達生  

 日本の人口は、二〇〇八年の一億二〇〇〇万人をピークに、今世紀末には五〇〇〇万人を切ると言われている。世界にも類例のない激しい人口減少である。三大都市圏以外の地方社会は壊滅的状況に直面することが予想され、それを回避するために、近年においては地方都市における早急なコンパクトシティづくりがさけばれている。

 約三十年前に彦根市役所に奉職して以来、歴史研究者としての立場から市民に貢献してきた小林隆氏の研究が、一書にまとめられた。市史編纂事業や世界遺産登録推進事業に携わりながら、藩政時代以来の彦根の来し方を沈思し、日々のまちの変容を定点観察してきた学術成果である。

 私は、藩誕生の先進事例として彦根藩に注目してきた(拙著『藩とは何か』)。「三百藩」とは言うが、ある日一斉に誕生したのではなく、徳川方諸大名が江戸を中心とする東国から西国へと国替を繰り返しながら、開幕から約三十年もかかって全国規模で成立したとみている。わけても彦根藩は、京都をはじめとする西国監視のために、大老を務める井伊氏を藩主とする先駆的な藩として誕生したのである。

 小林氏は、隣接する佐和山からの移転による彦根城下町の成立から、江戸時代における成熟そして廃藩、さらに明治時代以降の城下町の近代化について一貫して検討された。氏も指摘するように、従来の城下町研究は、近世史あるいは近代史という特定の時代の研究としておこなわれる傾向にあり、重要城下町における全時代を通観する研究は希有である。

 小林氏の研究は、彦根藩とその城下町の実態分析(第一部)にとどまらない。そこで生きた人々のみならず、故郷を離れ他地域や海外に向かう移民の問題や(第二部第一章)、地域史研究の成果をどのように地元に還元し、次世代を育ててゆくのか、地域社会の担い手づくりのための重要な提言が示されている(第二部第二章)。

 歴史学とは、現状を変革するための提言であらねばならないと私は認識している。小林氏の新著は、まさにその王道を示すものであり、地域を愛し地域にこだわる歴史研究者の生き様を、泥臭く(失礼!)語っている(あとがき)。

 かねがね、小林氏のような自治体に勤務する研究者には、早く学位をとり、その成果を広く世に問うてほしいと願ってきた。大学や研究所に属する研究者の重箱の隅をつつくような内容の論集よりも、世に与えるインパクトがはるかに大きいからだ。本書は、歴史研究者の生き方を問う熱い労作である。

※所属・肩書き等は、本書刊行時のものです。