「大大阪」が育んだ藝能
佐藤家所蔵 北陽浪花踊関係史料 
笠井純一・笠井津加佐編 


本書は、大阪花街北新地における戦前期の舞踊関係史料を、網羅的に公開すると共に、それらの解題を兼ねる数編の論文等をおさめる。本書で紹介する史料は、北新地の芸妓扱店の一つ「永樂席」の経営者で、北陽演舞場の技芸責任者をつとめた佐藤駒次郎が残したものである。駒次郎は花柳舞踊研究会同人らと親密な関係を築いただけでなく、その活動を北新地に積極的に導入した。また、北陽演舞場で上演された舞踊が、花柳舞踊研究会で再演された例も多い。当時の花街の芸が、いわゆる新舞踊運動時代の舞踊界の一部と、相互に影響しあう程に洗練されていたことを示していよう。「北陽浪花踊」関係史料は、これまでの花街芸能に関するイメージを刷新し、新たな認識をもたらすであろう。




本書の構成

巻頭の辞(佐藤 信)
序(笠井純一)

図 録

第八回北陽浪花踊「賤の小田巻」
第九回北陽浪花踊「歌絵巻」
第十回北陽浪花踊「津の国名所」
第十一回北陽浪花踊「春の勝鬨」
第十二回北陽浪花踊「六つの色彩」
第十三回北陽浪花踊「四方の海」
第十四回北陽浪花踊「大文字」
第十五回北陽浪花踊 十五周年記念佳作選集「浪花の賑ひ」
第十六回北陽浪花踊「神風」
第十七回北陽浪花踊「古今夢絵姿」
第十八回北陽浪花踊「産業の大阪」
第十九回北陽浪花踊「艶姿春彩鳥」
第二十回北陽浪花踊「千代の盃」
第二十一回北陽浪花踊「舞上空住吉」
第二十二回北陽浪花踊「浪花賑淀川絵巻」
第二十三回北陽浪花踊「偲面影浪花色彩」
北陽秋季温習会・鶯遊会等


愛蔵版番組図版
簡易版番組表紙
図録注記


北陽浪花踊番組

第一回浪花踊番組(愛蔵版)「大栄曲」
第二回浪花踊番組(愛蔵版)「四季の曲」
第三回浪花踊番組(愛蔵版)「花紅葉の曲」
第四回浪花踊番組(愛蔵版)「浪花の手振」
第五回浪花踊番組(簡易版)「大和巡」
第六回浪花踊番組(愛蔵版)「ふかみ草」
第七回浪花踊番組(愛蔵版)「道中双六」
第八回浪花踊番組(愛蔵版)「賤の小田巻」
第九回浪花踊番組(簡易版)「歌絵巻」
第十回浪花踊番組(簡易版)「津の国名所」
第十一回浪花踊番組(簡易版)「春の勝鬨」
第十二回浪花踊番組(簡易版)「六つの色彩」
第十三回浪花踊番組(簡易版)「四方の海」
第十四回浪花踊番組(愛蔵版)「大文字」
第十五回浪花踊番組(愛蔵版)十五周年記念佳作選集「浪花の賑ひ」
第十六回浪花踊番組(愛蔵版)「神風」
第十七回浪花踊番組(愛蔵版)「今昔夢絵姿」
第十八回浪花踊番組(愛蔵版)「産業の大阪」
第十九回浪花踊番組(愛蔵版)「艶姿春彩鳥」
第二十回浪花踊番組(簡易版)「千代の盃」
第二十一回浪花踊番組(簡易版)「舞上空住吉」
第二十二回浪花踊番組(簡易版)「浪花賑淀川絵巻」
第二十三回浪花踊番組(簡易版)「偲面影浪花色彩」



参考資料
『浪花踊グラヒツク』(橋爪節也氏所蔵)(第二十回浪花踊)
『大阪毎日新聞』全面広告(第二十回~第二十三回浪花踊)
木村富子『すみだ川』収録の脚本
  舞上空住吉(第二十一回浪花踊)
  淀川絵巻(第二十二回浪花踊)
  浪花の賑ひ(第二十三回浪花踊)


解題論文
戦前期大阪四花街の音楽の担い手 ―北陽浪花踊を中心に― …………塚原康子
北陽浪花踊と舞台装置…………山田和人
北陽演舞場「浪花賑淀川絵巻」と映画「大大阪観光」をめぐって…………橋爪節也
大阪四花街のレコード…………大西秀紀
大阪北新地における名古屋西川流の足跡…………笠井純一・笠井津加佐
北陽浪花踊「浮世絵」と花柳舞踊研究会「彦根屏風」 ―花街舞踊を考える手がかりとして― …………笠井津加佐
北陽浪花踊番組から見る芸妓・芸妓扱店・広告主の動向…………笠井純一
「北陽演舞場」写真史料の整理…………笠井純一・笠井津加佐

祖父・駒次郎に導かれて …………淸元延美智之・花柳祿美之事 佐藤 惠





  笠井純一……………金沢大学名誉教授/笠井津加佐…………金沢大学人間社会研究域客員研究員



  本書の関連書籍
  笠井純一・岡田万里子・笠井津加佐編 花柳舞踊研究会上演記録




ISBN978-4-7924-1535-8 C3021 (2024.3) B5判 上製本 444頁 本体9,500円
 本書は、大阪花街北新地(きたのしんち)における戦前期の舞踊関係史料を、数年に亘る調査と研究に基づき、網羅的に公開すると共に、それらの解題を兼ねる数編の論文等をおさめるものである。ここで言う花街とは、江戸時代の流れを汲むいわゆる遊廓(娼妓の営業を中心とするもの)ではなく、芸妓が提供する芸能を核として顧客が蝟集する場のことである。

 本書で紹介する史料は、北新地の芸妓扱店の一つ「永樂席」の経営者で、北陽演舞場の技芸責任者をつとめた佐藤駒次郎(一八八一~一九五〇)が残したものである。駒次郎は花柳舞踊研究会同人らと親密な関係を築いただけでなく、その活動を北新地に積極的に導入した。また、北陽演舞場で上演された舞踊が、花柳舞踊研究会で再演された例も多い。当時の花街の芸が、いわゆる新舞踊運動時代の舞踊界の一部と、相互に影響しあう程に洗練されていたことを示していよう。

 しかし花街の芸能については、音楽や舞踊の学会においても、これまで正面から取り上げられることが少なかった。また歴史学の分野においては、いわゆる遊廓研究は盛んになってきたが、芸妓や芸能を考察の対象に含めたものは僅少である。花街における芸の伝承について、今後、実証的研究が不可欠となるであろう。

 本書に収めた下絵の多くは、田中良(一八八四~一九七四)の筆になるものである。これらは、実際の舞台でどのように使われたのか。それを知る上で、舞台写真と踊の「番組」は不可欠である。佐藤家には多数の写真アルバムが残され、舞台写真や芸妓扮装写真などが貼り込まれている。本書はこのうち、北陽浪花踊に関する主要な写真類はなるべく収録することにした。

 大阪四花街は、昭和二十年の大阪大空襲で灰燼に帰し、関係史料も湮滅したと思われていた。佐藤駒次郎によって残された「北陽浪花踊」関係史料は、かけがえのない文化遺産である。本書では、舞台や衣裳の下絵、舞台写真、踊りの詞章などをもとに、一部ではあるが北新地の舞踊を、紙上に再現することが出来た。

 「北陽浪花踊」関係史料は、これまでの花街芸能に関するイメージを刷新し、新たな認識をもたらすであろう。本書が多くの研究者の目に触れ、北新地だけでなく花街全体の研究を深化させる契機となることを期待したい。
 (笠井純一)
※所属・肩書き等は、本書刊行時のものです。