■世界とつなぐ 起点としての日本列島史
荒武賢一朗編


列島内部の歴史分析、日本と他地域の交流史を、「日本史」に収斂させることなく、日本から発信してより広い視座で議論する。


■本書の構成


序 章 世界とつなぐ 起点としての日本列島史…………荒武賢一朗
(東北大学)
  〔本書の意図と目的〕
  〔各章の読みどころ〕

  第1部 商人たちがもたらす地域経済の充実

第1章 近世関東における干鰯流通の展開と安房…………宮坂 新(館山市立博物館)
  はじめに
  一 関西漁民の出漁と干鰯商売
  二 房総の干鰯生産と地域別特徴
  三 干鰯輸送と安房の船
  おわりに 


第2章 文政年間の木綿流通統制をめぐる三井越後屋と鳥取藩の交渉…………下向井紀彦
(三井文庫)
  はじめに
  一 流通統制の開始と越後屋の交渉
  二 大坂蔵屋敷役人との交渉
  三 国元での最後の交渉
  おわりに

第3章 近世後期大坂商人の記録と情報
 ――鴻池市兵衛家の史料から―― …………荒武賢一朗
  はじめに
  一 鴻池市兵衛家の来歴
  二 大名家からの扶持と合力米
  三 井上淡水日記にみる情報
  おわりに


  第2部 文化と経済の内実――外来文化と地場産業

第4章 近世天草陶磁器の海外輸出…………中山 圭 (天草市観光文化部)
  はじめに
  一 十七世紀中〜後葉の輸出磁器
  二 十八世紀後半、高浜焼の海外輸出
  おわりに


第5章 内国勧業博覧会における出品者の意図…………小林延人
(秀明大学)
  はじめに
  一 第一回―第五回までの内国博の性格変化
  二 第四回内国勧業博覧会と國廣八助
  三 第五回内国勧業博覧会と三菱合資会社
  おわりに


  第3部 「国際交流の現場」を明らかにする――外交の実態

第6章 近世日朝知識人の文化交流
 ――『鶏林唱和集』を中心に―― …………鄭 英實(韓国・慶尚大学校)
  はじめに
  一 『鶏林唱和集』の編纂目的と編纂経緯
  二 『鶏林唱和集』の構成及び特徴
  三 『鶏林唱和集』に見られる林家と朝鮮通信使の交流
  おわりに


第7章 対馬宗家の対幕府交渉
 ――正徳度信使費用拝借をめぐって―― …………古川祐貴(対馬歴史民俗資料館)
  はじめに
  一 対馬宗家と幕府役人
  二 土屋政直の攻略
  三 「願書」と「口上書」
  おわりに


第8章 琉球王国の財制と外交儀礼
 ――戌冠船をめぐって―― …………麻生伸一 (沖縄県立芸術大学)
  はじめに
  一 財政問題からみた戌冠船
  二 債務からみた戌冠船
  三 儀礼からみた戌冠船
  おわりに


第9章 フランス領グアドループ島と日本人について
 ――実証的研究を目指して―― …………ル・ルー ブレンダン(帝京大学)
  はじめに
  一 グアドループ島日本人移民送出の背景
  二 グアドループ島日本移民送出に関する交渉
  おわりに
  資料原文




  ◎荒武賢一朗(あらたけ けんいちろう)……1972年京都府生まれ 関西大学大学院文学研究科博士課程修了 現在、東北大学東北アジア研究センター上廣歴史資料学研究部門准教授 博士(文学) 




  著者の関連書籍
  荒武賢一朗編 近世史研究と現代社会

  荒武賢一朗著 屎尿をめぐる近世社会 ―大坂地域の農村と都市―

  平川 新編 通説を見直す ―16〜19世紀の日本―



 
 ◎おしらせ◎
  『社会経済史学』第83巻2号(2017年8月号)に書評が掲載されました。 評者 東 昇氏



ISBN978-4-7924-1049-0 C3021 (2016.2) A5判 上製本 366頁 本体6,800円

  日本を相対化する〈臨場感〉


九州大学大学院比較社会文化研究院教授  高野信治

 
 このたび上梓される本書は東北大学東北アジア研究センターでの共同研究「日本列島の文化交渉史―経済と外交―」の成果をまとめたものという。大学の報告書は専門性が高い個別的な仕事が並ぶ退屈な難物、このようなものが一般的イメージとすれば、それを見事に裏切ってくれる、列島内外の歴史分析の書である。ただし、「研究者が本来目指すべき通説を超えて、新しい研究手法を編み出す契機」を模索し、「新しい歴史像の構築への貢献」(序章)との主張、それは本書の高らかな〈宣言〉ともいえようが、これを確固なものにするには、有効で実現性ある戦略・仕掛けがなければ、虚しく聞こえる。

 推薦者の立場からみれば、準備される戦略は二つあろう、第一に、徹底した実証性にこだわることである。それは歴史学に関わらず、学問研究の基本といわれるかもしれない。しかし、私たちは、「先行研究でモデル化」(第2章)されたものに慣らされていることはないだろうか。わかりやすい「モデル化」はしばしば論理的にみえる。歴史事象の抽象化・論理化は必要な作業だろうが、人が関わる歴史事象は複雑である。そのためには、「実証的研究を目指して」(第9章)いかなければならない。これは、人々の言動からなる歴史の「現場」(序章)に立ち会うことである。本書の各論文に〈臨場感〉が漂うのは、かかる問題意識が論者間に共有されているからだろう。

 それでは、歴史の現場を押さえ何に向かうか。これが第二の戦略で、経済と外交の二つによる「一国史的観点の打破」(序章)である。だが海外との接点やその比較に特化するのではない。「一国」を相対化する「地域」の観点から、物・金を軸とする〈経済〉、それらを含めた文化を生みだし動かす人、さらには広義の〈外交〉といえるそれらの関係性、これらを明らかにするのである。具体的には、関西から房総への漁民移動と干鰯流通(第1章)、伯州木綿流通と鳥取藩・京呉服問屋(第2章)、大坂商人の大名貸と階層秩序(第3章)、天草陶磁器の海外輸出(第4章)、万博の影響をうけた地方開催の内国勧業博覧会の性格変化と出品意図(第5章)、日朝関係をめぐる東アジア情報の移動(第6章)と幕府・対馬藩の財政負担(第7章)、琉球外交儀礼の多義性(第8章)、奴隷制廃止の世界史とフランス領島日本人移民(第9章)など、複数の言語史料を通した動態的な人・物・地域からなる「現場」の検証だ。いずれも「日本列島を起点」としつつ、日本国に収斂しない〈グローカル〉な問題意識で一貫する。これもまた本書全体が、日本を相対化する〈臨場感〉あふれる場となる、戦略・仕掛けである。

 気鋭の研究者が『日本史学のフロンティア 1・2』(法政大学出版局)や『通説を見直す―16〜19世紀の日本―』(清文堂出版)など挑戦的な作品の企画者のもとに集い、それぞれの得意分野を介し編まれた果敢な書。一般の共同研究報告書とは違う味読感は、故無しとしないのである。


※所属・肩書き等は、本書刊行時のものです。