通説を見直す
16〜19世紀の日本
平川 新編



日本史研究において、通説となっている解釈をとらえ直す視点からみる歴史論集。
第1部は「戦争・政治・権力」をテーマに、第2部では、「社会・経済・生活」を中心にした論考を収録する。



■本書の構成

  
はじめに…………平川 新

  第一部 戦争・政治・権力

第一章 豊臣秀吉の朝鮮出兵をめぐる最近の論議…………平川 新

  はじめに
  一 深谷克己氏による拙論の評価
  二 朝鮮出兵の「原因論」と「侵略免罪論」について
  三 「東洋からの反抗と挑戦」について
  四 「情熱」と「正義感」について 
  五 「来襲」と「来航」について 
  おわりに 


第二章 石山合戦に敗北しても活動を続ける本願寺門末
 ―近江国湖北の事例から― …………太田光俊 

  はじめに 
  一 近江国北郡における本願寺門末の位置づけ 
  二 信長と戦った北郡の門末
  三 秀吉期の還住
  おわりに 


第三章 十九世紀における西洋艦船の海難問題と海保体制…………神谷大介
 
  はじめに 
  一 横浜開港後における西洋艦船の海難事故 
  二 西洋艦船の海難事故に関する規定 
  三 乗員・流失品の開港場護送と賠償問題 
  四 横須賀における海難艦船の修復問題 
  五 海保体制の諸機能 
  おわりに 


第四章 地租改正は「近代的制度」として成立したのか
 ―福岡県の地価算出をめぐって― …………矢野健太郎 

  はじめに 
  一 壬申地券と地租改正における地価算出の趨勢 
  二 壬申地券の地価 
  三 地価算出の実相 
  おわりに 



  第二部 社会・経済・生活


第五章 神職支配から見えてくる幕藩関係
 ―対馬藩を事例に― …………藤井祐介 

  はじめに 
  一 「対馬国大小神社帳」と対馬の神職
  二 吉田家による附属催促と対馬藩国元家老の認識 
  三 享和三年というその時、対馬藩江戸家老の判断 
  おわりに 


第六章 日本列島市場論の提起と近世の特質…………荒武賢一朗

  はじめに 
  一 日本史における市場構造 
  二 列島市場史における近世市場 
  三 近世の物流をつなぐ ―近江商人・川島宗兵衛家の事例から― 
  おわりに 


第七章 「貧しさ」への接近
 ―十九世紀初頭、大和国田原村の家計から― …………木下光生 

  はじめに 
  一 大和国田原村の世帯収支報告書 
  二 世帯間比較からみた困窮主張村落の実像
  三 赤字世帯のその後を追う
  おわりに
 





 編者の関連書籍
 平川 新著 近世日本の交通と地域経済

 平川 新編 江戸時代の政治と地域社会 全2巻

 平川 新・千葉正樹編 講座 東北の歴史 第二巻 都市と村

 渡辺信夫歴史論集第2巻・平川 新編 日本海運史の研究


 本書の関連書籍
 荒武賢一朗著 屎尿をめぐる近世社会

 荒武賢一朗編 近世史研究と現代社会

 荒武賢一朗編 世界とつなぐ 起点としての日本列島史



ISBN978-4-7924-1035-3 C3021  (2015.5) A5判 上製本 266頁 本体6,600円

  実は新しい「通説」の模索


大阪市立大学教授  大島真理夫

 
 辞書を引くと、「通説」とは、「世間に広く行われている説。一般に認められている説」という説明が出てくる。「正しい」というわけではなく、「世間に広く行われている」、「一般に認められている」というだけのことである。さらに「説」には、「とかれた考え」という説明がある。歴史には「事実としての歴史」と「認識としての歴史」があると言われるが、通説は主に「認識としての歴史」において形成されると言えるであろう。

 そもそも、通説はいかにして生まれるのであろう。根本的には、それが自然であっても社会であっても、人間が対象を一〇〇%認識することは不可能であり、必ず未知の部分が残るが、人間はその不完全な認識にもとづいて行動せざるをえない、というところに帰着するだろう。もし、その認識にもとづいて行動することがまったく不可能というような場合は、その認識は完全な誤りであり、認識以前である。行動が一定範囲で有効性を持つ場合、認識は、その限りにおいて「正しい」のであり、その正しい範囲が広く、時間的継続性を持つ場合が、通説なのではないか。歴史の場合には、史実との関係であろう。まったく史実に裏付けられないような歴史認識は、権力的に強制されるような場合でなければ通説とはなり得ない。ある範囲の史実と照応するか、あるいは照応するように見え、その歴史認識が関連の出来事に関して、広い範囲の説明力を有する場合、それは通説になると言えるであろう。そして、通説は、未知であった部分がわかるようになりそれが通説と食い違う場合、あるいは有効と思われた説明力の過誤が明らかになった場合、見直され、乗り越えられて行かざるを得ない運命に置かれてもいる。

 政権交代後の新政権は、自らの正統性を強調するために、ほとんど普遍的に前政権下のさまざまな制度や政策をことさらに批判し、それをあしざまに表現するような文書・記録・刊行物などを大量に生み出す。旧制度を改めるための政策も実行する。時代を経て、それらが過去を認識するための史料となると、新政権=勝者の歴史認識が通説となる。あるいは、時の政権を擁護する立場であるか、批判する立場であるかを問わず、知識人層が、海外に範を求め、経済や社会の理論枠組にもとづいて構築する歴史認識も、しばしば大きな影響力を発揮し、通説となる。歴史学の発展にともない、その通説に基づいた史実の解釈や、適合的に見える新史料の発掘も行われ、通説が補強されていく。派生的な学説も生まれ、通説は大きな体系的な認識になる場合もある。本書の醍醐味は、各執筆者たちが、それらの通説を小気味よくひっくり返してゆく所にある。

 本書を読んで思うのは、研究の個別分散化が指摘され、いわゆるグランドセオリーは拒否され、大きな物語の消滅が言われてから久しい時間が経った現在、何か有力な通説があるのか、ということである。本書の真のメッセージは、分散的な個別に徹した研究ばかりせず、大胆に越境を試みて新しい通説を作ろうではないか、というところにあるように感じた。ぜひ、本書を読んで、著者たちとともにその方向性を模索していただきたい。


※所属・肩書き等は、本書刊行時のものです。