周辺史から全体史へ
地域と文化
浪川健治 デビッド・ハウエル 河西英通 編


時間と空間のなかに地域論を模索し、〈周辺〉論のあり方に一石を投じ、地域史から世界史像の再構成と未来性に挑む好著


本書の構成

  序 章……浪川健治

T部 一八世紀 ―変容する地域とその論理―
  第一章 「難儀」と「御救」 ―弘前藩領にみる一八世紀前半の地域変容― ……浪川健治
  第二章 一八世紀における組合村の地域運営 ―上総国周准郡を中心に― ……金谷千亜紀

U部 近世の対外関係と地域
  第三章 近世対外関係の形成と商人の再編 ―平戸藩の「コンプラドール」を中心に― ……吉村雅美
  第四章 太平洋における日本 ―近世後期の対外貿易― ……ロバート・ヘリヤー
  第五章 一九世紀日本の「外交」と地域社会 ―一八二四年の大津事件と宝島事件― ……デビッド・ハウエル

V部 近世史研究へのアプローチ ―アメリカにおける試み―
  第六章 アメリカにおける日本史研究者の育成……デビッド・ハウエル
  第七章 空間の相対性理論 ―近世における江戸の位置― ……ラウラ・ネンツィ
  第八章 近世政治における「表」と「内証」 ―末期養子を事例に― ……ルーク・ロバーツ

W部 移行期の相克 ―地域・民族・国家―
  第九章 幕末における対馬の“位置”……木村直也
  第一〇章 近代日本と千島アイヌ ―辺境における政策史― ……麓 慎一

X部 近代のまなざし ―地域と国家を結ぶ関心―
  第一一章 地域史と国際史 ―原勝郎からエルスワース・ハンチントンまで― ……河西英通
  第一二章 地域医療と「ファシズム」 ―戦時期津軽地方の「国家」と「郷土」― ……川内淳史

  終 章……河西英通


  ◎浪川健治……筑波大学大学院人文社会科学研究科教授/デビッド・ハウエル……プリンストン大学教授/河西英通……広島大学大学院文学研究科教授




  編者の関連書籍
  浪川健治・佐々木馨 編 北方社会史の視座 第2巻 歴史分野(近世)と文化分野

  河西英通・脇野 博 編 北方社会史の視座 第3巻 歴史分野(近代)と生活・生業分野

  浪川健治・小島康敬編 近世日本の言説と「知」

  熊谷公男・柳原敏昭編 境界と自他の認識(講座 東北の歴史 第三巻)

  浪川健治編  明君の時代 ―十八世紀中期〜十九世紀の藩主と藩政―


  本書の関連書籍
  吉村雅美著 近世日本の対外関係と地域意識




ISBN978-4-7924-0674-5 C3021 (2009.9) A5判 上製本 378頁 本体8,800円
全体史への模索
一橋大学大学院社会学研究科教授 若尾政希
 歴史研究の真骨頂は、実証研究にあります。研究者は、史料を分析することによって、これまで誰も気づかなかった事実を掘り起こすことに多大な労力を注ぎます。しかし事実を発掘して終わりかというとそうではありません。一人でも多くの人たちに読んでもらうために歴史を叙述するという、大変な作業が残っているのです。いかにすごい新発見をしても、読者に読まれ理解されなければ、その意義は半減してしまいます。
 歴史を叙述するときには、文体や文章表現というような技術的な側面もありますが、それとは別に、論文の「はじめに」でどういう問題提起ができるかが、非常に大事になってきます。問題意識がどこにあるのか、今なぜそのような問題を提起するのか、についての著者の表明を聞けば、著者が自身の研究をどの程度の広がりを持ったものとして提示しようとしているのか(すなわち研究のスケールが)分かります。また、どのくらいの読者を想定しているのかということもわかるのです。
 このような当然のことをあえていうのは、近年の歴史研究は実証レベルでは精緻になり高く評価できるのですが、その反面で狭い専門分野の世界に充足してしまい、そこから飛び出さない。日本史像なり時代像なりの改新までを求めるような野心的な作品にあまり出会えなくなったと、常々さびしく思っているからです。
 本書を手にして、著者たちの気概に驚かされました。とりわけ編者の手になる序章と終章からは、現代を生きる人間として、また歴史研究者として何ができるのか、という強烈な問題意識が伝わってきました。本書には、日本近世〜近代の周辺史・対外関係史を対象とする論考が多いのですが、著者たちが狙う読者層は、そうした個別分科史の専門家にとどまりません。「地域からの世界史像の再構成、世界史の多様性、歴史の変革性と未来性を考えてみたい」という本書の末尾の言葉からもわかるように、日本をフィールドとしない世界史の研究者をも読者として想定しているのです。
 是非とも本書を手にとっていただきたい。「周辺史・地域史から全体史へ」という著者たちの刺激的な問題提起が妥当かどうか、それが本書の各論考において成功しているかどうか、検討していただきたい。本書をたたき台にして、いかにしたら全体史が可能かどうか、議論できたらと思い、皆さんに本書を推薦したいと思います。

 
※所属・肩書き等は、本書刊行時のものです。