野村純一著作集 全九巻



「語り」と「話」の世界を知悉した研究から口承文芸学の未来を照らし出す




第一巻 
昔話伝承の研究〈上〉
    『昔話伝承の研究』の第一部「非日常の言語伝承―ハレの日の昔話―」を収録
  第一篇 昔話の秩序/第二篇 昔話の習俗
    解説:池内 紀 解題:小川直之
    ISBN978-4-7924-0703-2 C3339 (2010.10)
    A5判 上製本 362頁 本体7,600円


第二巻 昔話伝承の研究〈下〉
    
『昔話伝承の研究』の第二部「日常の言語伝承―ケの日の昔話―」を収録
  第三篇 昔話の生成/第四篇 昔話の受容
    解説:三浦佑之 解題:小川直之
    ISBN978-4-7924-0704-9 C3339 (2010.12)
    A5判 上製本 367頁 本体7,600円


第三巻 桃太郎と鬼
  第一篇 桃太郎/第二篇 鬼/第三篇 柳田國男・折口信夫・関敬吾と昔話研究/第四篇 童話と民話と
    解説:小松和彦 解題:矢口裕康 高木史人
    ISBN978-4-7924-0705-6 C3339 (2011.4)
    A5判 上製本 384頁 本体7,600円


第四巻 昔話の語りと語り手
  第一篇 昔話とは何か/第二篇 昔話の特性/第三篇 昔話の語り手/第四篇 語り手論/第五篇 昔話の地域学
  解説:小澤俊夫 解題:大島廣志
  ISBN978-4-7924-0706-3 C3339  (2011.6)
  A5判 上製本 433頁 本体7,900円


第五巻 昔話の来た道・アジアの口承文芸
  第一篇 「老鼠娶親
(ねずみの嫁入り)」の道/第二篇 外国昔話の受容/第三篇 中国・インド紀行/第四篇 解説――松谷みよ子『昔話十二か月』――
    解説:飯倉照平 解題:立石展大
    ISBN978-4-7924-0707-0 C3339  (2011.9)
    A5判 上製本 364頁 本体7,600円


第六巻 伝説とその伝播者
  第一篇 伝説とは何か/第二篇 漂泊民の伝説/第三篇 職能者の伝説/第四篇 神々と伝説
    解説:大島建彦 解題:内藤浩誉
    ISBN978-4-7924-0708-7 C3339
    A5判 上製本 416頁 本体7,900円


第七巻 世間話と怪異
    第一篇 日本の世間話/第二篇 世間話と話し手/第三篇 怪異と妖怪/第四篇 はなしの 民俗学 フォークロア
    解説:斎藤 純 解題:花部英雄 常光 徹
    ISBN978-4-7924-0709-4 C3339
    A5判 上製本 471頁 本体8,900円


第八巻 文学と口承文芸と
    第一篇 お伽草子・古典文学と口承文芸/第二篇 早物語の世界/第三篇 菅江真澄と口承文芸/第四篇 近代文学と口承文芸学
    解説:藤井貞和 解題:小堀光夫
    ISBN978-4-7924-0710-0 C3339
    A5判 上製本 484頁 本体8,900円

第九巻 口承文芸研究のネットワーク
    第一篇 口承文芸研究のネットワーク/第二篇 採訪実感:考えつつ歩み、歩みつつ考える/第三篇 昔話集を読む/第四篇 瓢箪の本棚
―書評と紹介―【付 未刊稿】言わず、もがなのあとがき―立派な言葉―/野村純一博士略年譜/野村純一著作集総索引
    解説:石井正己 解題:飯倉義之
    ISBN978-4-7924-0711-7 C3339
    A5判 上製本 526頁 本体10,000円
    
 


野村純一略歴

昭和10(一九三五)年3月10日 東京・上野生まれ
昭和32(一九五七)年3月 國學院大學文学部文学科卒業
昭和32(一九五七)年4月 岩倉高等学校国語科教諭
昭和38(一九六三)年4月 國學院大學(補講)講師
昭和40(一九六五)年4月 國學院大學兼任講師
昭和41(一九六六)年4月 國學院大學専任講師
昭和44(一九六九)年4月 國學院大學助教授
昭和56(一九八一)年4月 國學院大學教授
昭和60(一九八五)年3月 「昔話伝承の研究」(同朋舎刊)で文学博士の学位取得
平成元(一九八九)年4月 國學院大學大学院教授
平成17(二〇〇五)年3月 國學院大學を定年退職
平成17(二〇〇五)年4月 國學院大學名誉教授
平成19(二〇〇七)年6月20日 逝去 享年七十二歳


受  賞
昭和60年11月 『昔話伝承の研究』で角川源義賞
平成2年11月 『日本伝説大系』全一七巻で第四十四回毎日出版文化賞
平成12年4月 紫綬褒章(口承文芸学)


国際的活動
日本口承文芸学会代表訪中団に参加(団長・臼田甚五郎、昭和55年)、中国民間文芸協会からの招聘で訪中(団長・大林太良、昭和59年)、中国山西省民間文芸家協会の招聘で訪中(昭和61年)、中国ならびにインドで民間説話ならびに叙事詩の比較研究(昭和63年度)、中国故事学会学術討論会(昭和63年)、世界民話博学術委員会委員長(平成3、4年)、日本昔話学会訪中団(団長・野村純一、平成3年)、日中合同調査による昔話伝承の動態研究(サントリー文化財団、研究代表)など、中国、インドの口承文芸研究を推進する。


教育活動
立命館大学、別府大学、東京大学教養学部、日本女子大学、和洋女子大学大学院、弘前学院大学大学院、ジャワハルラール・ネルー大学(インド)(客員教授・国際交流基金派遣)などで講義を行う。


学会活動
日本口承文芸学会理事・会長、日本民俗学会理事・代表理事などを務める。


主  著
●単著●『昔話伝承の研究』(昭和60)、『日本の世間話』(平成7)、『昔話の森』(平成10)、『新・桃太郎の誕生』(平成12)、『江戸東京の噂話』(平成17)、『昔話の旅 語りの旅』(平成20)
●編著●『全釈土佐日記』(共著、昭和35)、『日本説話文学』(共編、昭和41)、『吹谷松兵衛昔話集』(昭和42)、『笛吹き聟─最上の昔話─』(昭和43)、『萩野才兵衛昔話集』(共編、昭和45)、『五分次郎─最上・鮭川の昔話─』(共編、昭和46)、『関澤幸右衛門昔話集』(昭和47)、『雀の仇討─萩野才兵衛昔話集』(共編、昭和51)、『話の三番叟─秋田の昔話』(共編、昭和52)、『飽海郡昔話集』(共編、昭和54)、『日本昔話大成』一二巻(共編、昭和54)、『昔話の語り手』(編、昭和58)、『日本昔話研究集成』の編集、『口頭伝承の比較研究』4(共編、昭和63)、『昔話伝説研究の展開』(編、平成7)、『日中昔話伝承の現在』(共編、平成8)、『柳田國男事典』(共編、平成10)、『柳田國男未採択昔話聚稿』(編、平成14)、『伝承文学研究の方法』(編、平成17)、『定本関澤幸右衛門昔話集─「イエ」を巡る日本の昔話記録』(編、平成19)など




  飄々とした、自然体の学問の軌跡
文化人類学、神奈川大学特別招聘教授 川田順造   
 細心、忠実な採録者でありながら、飄々とした発想の持ち主、日本の民俗と民俗学を知悉していながら、異文化と異領域にも自然体で踏み込んでゆける人 ─ 学者としての野村純一さんについて、まず浮かぶイメージだ。
 私より一歳若い野村さんとは、日本民俗学会、日本口承文芸学会などの学会の、いろいろな場でご一緒した。柳田国男をめぐって、雑誌『國文學』(一九九三年七月号)で対談したことも、懐かしい思い出だ。
 だが、私にとってとくに思い出深いのは、東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所で私が主宰した、「口頭伝承の比較研究」という学際的共同研究に八年間、中心メンバーの一人として加わっていただいたときのことだ。音楽学、美術史、哲学、中世日本文学、西洋民話研究…。そうした多彩な領域の、それぞれ一家言ある研究者と、野村さんは自然体で交わり、成果をまとめた四巻(弘文堂、一九八四─八八年)の最終巻を私と共同編集し、総括四人の討論でも積極的な役割を果して下さった。この時ほど野村さんが、ご自分の世界を確乎としてもつ、真に独創的な研究者だということを思い知ったことはない。民俗学者にありがちな“文化人類学アレルギー”などには、はじめから無縁の人だった。
 早すぎた死の最晩年に近く、『読売新聞』連載を中心にまとめられた『江戸東京の噂話』(大修館、二〇〇五年)が、いま私のかたわらにある。江戸っ子桃太郎や、「ニャンバーガー」、口裂け女の噂話から、狸の都市伝説にいたるまで、骨のある東京下町論を踏まえて、野村さんの学殖と、自由な発想の万華鏡を見るおもむきがある。
 それにしても、惜しい人を、日本はなくしたものだと改めて思う。だが幸い、今度清文堂出版から出る『野村純一著作集』は、野村さんの多様な活動の軌跡を、私たちがいつでも手に取るところに置いてくれる。私もこの著作集を、誠実に飄々と学問に生き続けて、はやばやと世を去ったわが友野村純一さんを、懐かしむよすがとしたい。

 
  昔話のフォークロアのために
東北芸術工科大学東北文化研究センター所長 赤坂憲雄   
 たった一度、対談させていただいたことがある。そのとき、昭和三十年代であったか、北上山地のムラを訪ねて、冷たい稗飯がのどを通らず、難儀しながら、昔話の採集をしたことを、野村純一さんは昨日のことのようにお話されたのである。その一瞬の、なにか不思議な心の揺らぎを忘れることはできない。不遜な物言いに聞こえるかもしれないが、たとえて言えば、ああ、先生はそれをご存知なのですね、といった歓びとも羨望ともつかぬものに身内が満たされたのであった。ひとつの時代の終焉に立ち会っている気がした。昔話の採集はやがて、避けがたく終わる。これからは解釈と活用の時代が幕を開けるだろう。もはや、語りのフィールドに立ち会い、その生きられたリアリティに浸りながら、昔話の研究にいそしむことは許されない。そんなことを思い巡らしていた。
 だからこそ、野村さんの『昔話伝承の研究』などは、いよいよ輝きを加えてゆくはずだ。それは採集の旅から生まれた。比較のまなざしがあった。だから、そこにはたくさんの将来の研究への示唆が含まれている。これから芽吹かせるべき種子が、無限に隠されている。わたしなども、ひそかにその恩恵に浴してきた一人である。昔話はネズミたちの支配する夜の領分に属している、という。それを教えられたときの、あの驚きから、わたしのなかでは人知れず、大きな転換が始まった。
 この著作集はまちがいなく、昔話研究の次代をになう者たち、そして昔話を愛するたくさんの人々への豊饒なる贈り物となるだろう。昔話にはらまれた、はるかな記憶に眼を凝らしてみるのもいい。東アジアのなかの昔話など、これから耕されるべき沃野のひとつになるはずだ。この著作集からはきっと、未知なるいくつもの風景があふれだす。これはやがて、昔話のフォークロアのためのはじまりの記念碑となるにちがいない。

 
  昔話研究の巨星・野村純一
立命館大学名誉教授 福田 晃   
 野村純一さんは、柳田國男・関敬吾・臼田甚五郎がめざした伝承研究を「昔話」を通して達成した、口承文芸研究の巨星と言える。
 その学問は、およそ三期に分けられる。第一期は、恩師・臼田甚五郎博士に導かれて、ひたすら地道にフィールド・ワークを積み重ねて、昔話伝承の実態に肉薄した時代である。第二期は、臼田博士から自立して、研究の範囲を昔話から伝説・世間話に広げる一方、昔話の比較研究の草分けともいうべき関敬吾先生に支えられ、アジアの近隣諸国の伝承研究に向かった時代。第三期は、わが国内の伝承の退潮期を迎え、『今昔物語集』以来、変わることなく世の人の心を動かし続けてきた世間話・噂話・妖怪譚を現代民話ととらえ直した研究の時代である。勿論、その三つが重層して大成されたのが、野村さんの口承文芸研究であった。
 その第一期の成果は、角川源義賞に輝いた『昔話伝承の研究』である。それは、昔話の伝承を民俗学の一分野に封じ込めず、それぞれの地域、それぞれの家に根ざした、生きた伝承を把握する考察であった。しかもそれは、地道なフィールド調査の成果である『笛吹き聟─最上の昔話─』『五分次郎─最上・鮭川の昔話─』、あるいは『吹谷松兵衛昔話集』『萩野才兵衛昔話集』の公刊と響き合うものであった。
 第二期の成果の一は、『昔話の語りと語り手』『伝説とその伝播者』である。野村さんの伝承研究の深化をみせるものであるが、それは関敬吾監修で、野村さんを中心に小松和彦・福田晃が支えて公刊した『日本昔話研究集成』全五巻、同じく宮田登などが加わって編集した『日本伝説大系』全十五巻・別冊二巻と連動するものであった。もう一つは『昔話の来た道・アジアの口承文芸』で、昔話の国際的研究のうねりに応じ、仲間を募って再三、韓国・中国を訪ね、あるいは求められてインドに赴いた体験にもとづく成果である。そして第三期のそれは、『桃太郎と鬼』『世間話と怪異』に収められる。その「話の行方─「口裂け女」その他」は、外国の都市伝説に魅せられていた若い研究者たちに、新鮮な刺戟を与えたものであった。
 およそ五十年、同窓としてわたくしは、その刺戟のなかで学究を重ねてきたのである。今、その巨星の成果が、まとめて著作集・全九巻として世に送られることを、心から歓迎する。
 

  口承文芸学への道程
國學院大學文学部教授 小川直之   
 野村純一先生は、死期迫る病床で二つの著作に取り組まれた。一つは瑞木書房の小林基裕さんの世話による『定本関澤幸右衛門昔話集─「イエ」を巡る日本の昔話記録』(平成19年2月刊)である。そして、もう一つは没後の刊行となった『昔話の旅 語りの旅』である。これは詩人の瀬戸口宣司さんの世話で出版を決め、旧稿を綴る作業は教え子の大島廣志さんが手伝ったが、考えてみれば最期の時まで、その研究が必要とされたのだから、研究者冥利に尽きると言ってもいいように思う。今回出版する『野村純一著作集』も、大阪の老舗書肆、清文堂出版の社長前田博雄氏が、以前から野村先生の著作を見ていて、是非ともという申し出であった。野村先生の学問には、いつもこんな風に人を惹きつける力があった。
 著作集は、全集ではないので全著作を収めるのではなく、主要なものに厳選した。それでも九巻という大部なものとなった。その編集には、その学問の全体像がわかることを旨とし、第一巻と二巻には昭和六十年までの研究の集大成といえる学位論文『昔話伝承の研究』をあて、第三巻以降は、学問内容が分かるような巻名を与えて編んだ。それは昔話研究を基軸にしながらも、伝説とその伝播者、世間話と怪異伝承、口承の物語を取り込んだ文芸にわたる。しかもそれぞれに一家言あり、さまざまな問題を投げかけている。
 昭和四十年代の後半に國學院大學で教えを受けたときには気づかなかったが、野村先生の学問は、この時代に方向性が固まっていたようである。二十歳代には古典文学に関する研究もあるが、昭和四十二年の『吹谷松兵衛昔話集』を皮切りに、次々に自らのフィールドワークに基づく昔話集を編んでいる。まだ豊かな昔話伝承があった昭和三十年代からの実地研究の成果で、野村先生は愚直なまでのフィールドワーカーだった。そして、語り手の系譜、初めに語る昔話など、語りの作法をめぐる注目すべき論文を次々に発表した。
 その後は中国やインドの民間説話や叙事詩へと、口承文芸研究の国際化を進め、東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所の共同研究にも参加し、さらに伝説の集成化や世間話研究、菅江真澄研究などをリードした。
 著作集全九巻には、野村先生が意図した口承文芸学への道程が示され、これを起点にさらに次世代の研究へと進展させ得る課題が多く含まれている。

 
※所属・肩書き等は、本書刊行時のものです。