軍港都市史研究Z 国内・海外軍港編
大豆生田稔編


本書は軍港都市史研究の最終巻で、各軍港都市の諸問題を取扱う「補遺」に位置づけられる。国内軍港編は、「海軍工廠の工場長の地位」、「海軍の災害対応」、「海軍志願兵制度」、「軍港都市財政」をテーマにした四編の論文であり、海外軍港編は仏・独・露三国の代表的軍港であるフランス軍港・キール軍港・セヴァストポリ軍港の専門的通史である。


■第Z巻 国内・海外軍港編の構成

序 章 内外軍港都市の諸相…………大豆生田稔

第一章 横須賀海軍工廠における工場長の地位…………伊藤久志
  はじめに/第一次軍拡期(一八八三〜一八九〇年)における体制整備/一八九〇年体制の発足と変容/一九一二年体制の確立/おわりに

  コラム 職工税と工廠職工…………伊藤久志


第二章  軍港都市における海軍の災害対応
 ―横須賀の事例を中心に― …………吉田律人
  はじめに/軍事的空間の形成と横須賀の災害/明治後期の災害対応/大正期の災害対応/昭和戦前・戦中期の災害対応/おわりに

  コラム 呉・佐世保・舞鶴の鎮守府例規と軍港防火部署…………吉田律人


第三章 郡役所廃止と海軍志願兵制度の転換…………中村崇高
  はじめに/郡役所廃止と海軍志願兵制度/海軍志願兵制度の変容/おわりに

  コラム 「素質優良ナル志願兵」を確保せよ!…………中村崇高


第四章  戦時の軍港都市財政
 ―横須賀市財政の展開― …………大豆生田稔
  はじめに/日中戦争の勃発(一九三七〜四一年度)/太平洋戦争(一九四二〜四五年度)/おわりに

  コラム 太平洋戦時下の横須賀視察…………大豆生田稔


第五章  フランスの軍港
 (一七世紀〜二〇世紀後半まで) …………ジェラール・ル・ブエデク 君塚弘恭訳
  はじめに─軍港は海軍工廠(アルスナル)港である─/軍港の地理的配置/軍艦の建造/艦船の技術的変化と軍港/戦時下の港/軍港都市

  コラム  南洋群島の海軍「基地」 ―トラック諸島夏島の根拠地建設― …………高村聰史


第六章  ドイツの軍港都市キールの近現代
 ―ハンザ都市・軍港都市・港湾都市― …………谷澤 毅
  はじめに/ハンザ都市から軍港都市へ/軍港都市としての発展/二度の敗戦経験と経済/商港としてのキール港

  コラム ホヴァルト造船所とホヴァルト家…………谷澤 毅


第七章 軍港セヴァストポリ…………松村岳志
  はじめに/開港/発展期/クリミア戦争/革命/セヴァストポリの戦い/結論

  コラム…………ロシア兵とアルバイト 松村岳志

  ◎あとがき ◎事項索引 ◎人名索引





  本書の関連書籍
  大豆生田稔編 港町浦賀の幕末・近代



ISBN978-4-7924-1058-2 C3321 (2017.5) A5判 上製本 352頁 本体8,200円

  
グローバルな海軍と新しい軍港都市史に向けて

防衛大学校名誉教授  田中宏巳

 本書は軍港都市史研究の最終巻で、各軍港都市の諸問題を取扱う「補遺」に位置づけられ、「国内・海外軍港編」と題されている。国内軍港編は、「海軍工廠の工場長の地位」、「海軍の災害対応」、「海軍志願兵制度」、「軍港都市財政」をテーマにした四編の論文であり、海外軍港編は仏・独・露三国の代表的軍港であるブレスト軍港・キール軍港・セヴァストポリ軍港の専門的通史である。国内編は日本史研究、海外編は西洋史研究の一環といえるもので、記述の仕方もそれぞれの専門分野の慣行を踏襲し、一冊で日本史と西洋史の論考を読むことができるユニークな内容である。

 内向きの傾向がある陸軍に対して、海軍はいつも海の向うの各国海軍を見て発展してきた。他国が軍艦を建造すればそれに負けない軍艦を造り、制度を改変すればそれに対応する修整を行い、部隊を新設すれば対抗する組織を編成するといったように、海軍はいつも諸国と張り合ってきた。そのため、それぞれの国の特殊な事情を反映した違いを除けば、どこの海軍も似た組織制度、階級、艦艇、施設を持つようになる。第一次大戦後国際間の海軍軍縮が実現したのも、各国が保有する艦種がほぼ同じため、艦種ごとの軍縮協議が可能であったからである。

 海軍にはこのような国際的共通基盤があるため、国際的な協同研究もしやすいという側面を持っている。だが寡聞するところ、これまでに海軍に関する国際的な協同研究が行われたという話を聞いたことがなく、軍港都市史の活動がはじめて国際協同研究に道を開いたといえるのではなかろうか。この意味で仏独露の軍港史論考は新しい時代の扉を開き、端緒についたばかりの国際協同研究を軌道に乗せる歴史的役割を果たすことになるかもしれない。もし仏独露の研究と同じタッチで日本の軍港史を描いたならば、本書の刊行にもっと大きな歴史的意義を添えていたはずである。日本史研究は地方史研究に偏りがちだが、国の政策や外国の動向に基づいて活動する海軍になじまない性質である。地方史に対する「国家史」・各国史といった概念を抜きにして海軍を語るのは、本質を無視する危険が大きい。

 軍と社会の間に塀があると仮定して、国の定めた規則や方針が絶対の塀の中と、その地の事情が尊重される塀の外とは区別する必要があり、軍港史研究の際にもこの区別を怠ってはならない。本書の「海軍工廠の工場長の地位」は塀の中の問題であり、「海軍志願兵制度」、「軍港都市財政」は塀の外の問題だが、「海軍の災害対応」は塀の中と外の両面があり、本論では横須賀市内の火災への海軍の出動という塀の外の問題を取り上げているが、海軍にとって海難救助・行方不明捜索という塀の中の問題がより重要であった。なぜなら当時は海上保安庁に相当する機関がなく、海難事故が起ったとき、海軍が出動して救助活動や行方不明者の捜索を行うことになっており、海軍しかできない役割であったからだ。塀の存在を忘れるとこうした課題が生じるが、いずれのテーマもこれまで取り上げることの少ないものばかりで、軍港史研究の掘り下げに寄与するところ大である。できれば日本史研究固有の記述方法を乗り越え、諸外国の記述と同じ体裁にして軍港発展の全体像が見える内容にしてもらいたいものである。


■軍港都市史研究 全巻構成


第T巻 増補版 舞鶴編〈坂根嘉弘編〉
本編では、舞鶴鎮守府設置により大きく変貌した舞鶴の政治・経済や社会を、地域の視点から解明するとともに、引揚者を受け入れた地域社会の諸相を読み解き、海上自衛隊と戦後舞鶴とのかかわりを究明する。補論などを収録した増補版。

第U巻 景観編〈上杉和央編〉
本編では、地図や空中写真、統計資料を駆使しつつ、軍港都市(横須賀、呉、佐世保、舞鶴、大湊)の景観変遷をたどると同時に、近代から現代におよぶ軍港都市の空間的な諸様相、軍港都市の景観の行方に焦点をあてる。

第V巻 呉編〈河西英通編〉
本編では、「呉市から海軍を差し引いたら、何も残らない」(獅子文六『海軍随筆』)と言われた呉の地域社会の実相を多面的に描くとともに、軍港都市呉を中心とした瀬戸内空間がどのような歴史性をはらんでいたのか検討する。

第W巻 横須賀編〈上山和雄編〉
日本海軍で最初に設置された鎮守府を有し、呉と並ぶ最有力の軍港都市であった横須賀市、すなわち軍港都市研究の「本丸」に対し、各執筆者が横須賀の軍港都市としての共通性とその固有の性格を明らかにするという問題意識を共有しつつ、しかし、多様な角度から切り込んだ意欲的な集団研究。

第X巻 佐世保編〈北澤 満編〉
近代都市としての佐世保は、他の軍港都市と異なり、長崎県北部や離島に対する中心都市として発展したという特徴がある。敗戦後の佐世保は、中国からの復員船が到着する港でもあり、その復興が大きな課題となった。平和港湾産業都市構想が、朝鮮戦争や海上特別警備隊の設置などの社会情勢に押されて、しだいに軍港論に変化していく様子をも解き明かす。

第Y巻 要港部編〈坂根嘉弘編〉
本書では、まず要港や要港部の変遷と事例を説明し、ついで各章で大湊、竹敷、旅順、鎮海、馬公が扱われる。もう一つの特色は、関東州、朝鮮、台湾という外地に所在した要港が、軍港と植民地都市の二重性ゆえ持った特色が描かれていることである。軍港都市研究の事例を重ねた著者と、植民地研究で実績を重ねて来た著者の共同作業が成功して豊かな歴史像を提起している著作である。



 
◎おしらせ◎
 『経営史学』第53巻第4号(2019年3月号)に書評論文が掲載されました。
 「国家と都市のあいだの不健全な緊張関係 ―『軍港都市史研究』T〜Z―」……稲吉 晃氏


  大阪歴史科学協議会『歴史科学』237(2019年5月)に特集記事が掲載されました。
 〈2018年7月例会 近代都市史・地域史と軍港研究の到達点と課題 ―『シリーズ軍港都市史研究』から考える―〉
 「シリーズ軍港都市史研究を編集して ―成果と課題―」……坂根嘉弘氏
 「シリーズ軍港都市史研究の到達点とその意義をめぐって ―坂根嘉弘氏の論文に関する若干のコメント―」……北泊謙太郎氏
 「討論要旨」……久野 洋氏


 
※所属・肩書き等は、本書刊行時のものです。