港町浦賀の幕末・近代
海防と国内貿易の要衝
大豆生田稔編


浦賀という港町の近世から近現代にかけての歴史、とりわけ軍港都市横須賀をにらみながら、首都圏における浦賀の位置の変容を明らかにする、新たな都市史研究の構築に向けた試み。




■本書の構成


口絵 …… 解説:西川武臣

序章  浦賀港の変容 
―幕末から近代へ― …… 大豆生田稔
  はじめに/第一節 幕末の浦賀港/第二節 明治期の変化/第三節 本書の構成


第一部 幕末の海防

第一章 ペリー来航前後の浦賀奉行所 ―造船技術と海防の近代化― …… 西川武臣
  はじめに/第一節 海防体制近代化への模索/第二節 洋式軍艦の導入/第三節 新たな時代の担い手/おわりに

  
コラム1 鳳凰丸を建造した船大工と観光丸(スンピン号) …… 西川武臣

第二章 一八五三、五四年(嘉永六、七)中山元成の浦賀行 ―史料紹介― …… 上山和雄
  はじめに/第一節 紀行文の位置/第二節 二つの紀行文/おわりに/〔史料一〕 嘉永六年 浦賀記行/〔史料二〕 嘉永七年 江都日録浦賀行

  
コラム2 一八七二年(明治五)、東浦賀の「番号印鑑帳」 …… 上山和雄


第二部 国内貿易と商業

第三章 近代浦賀港の変容 ―一八八〇年代~一九三〇年代の出入港品― …… 大豆生田稔
  はじめに/第一節 出入港額の変化/第二節 一八八〇年代〜日露戦争前後/第三節 日露戦後の変化/第四節 第一次大戦期・一九二〇年代〜一九三〇年代/おわりに

  
コラム3 房総との交流 …… 大豆生田稔

第四章 明治期浦賀の「売場」取引と社会 …… 伊藤久志
  はじめに/第一節 幕末期における荷物改所の取引/第二節 東西両村の合併と売場取引への再編/第三節 一九〇〇年前後の売場取引/第四節 日露戦後の変容と売場取引社会の終焉/おわりに

  
コラム4 明治後期の浦賀歌壇と小出粲 …… 伊藤久志

第五章 東浦賀における干鰯問屋の経営変容 ―湯浅屋橋本家を中心として― …… 加藤晴美
  はじめに//第一節 湯浅屋橋本家の概要/第二節 近世後期における橋本家の取引/第三節 明治初頭における取引の変容/第四節 一八八〇年代における取引の変容/おわりに

  
コラム5 東浦賀の景観と干鰯場…… 加藤晴美

第六章 明治期における西浦賀商家の経営と浦賀町 ―廻船との関わりを中心に― …… 吉村雅美
  はじめに/第一節 幕末期から明治期にかけての西浦賀商家の変容/第二節 明治期の宮井清左衛門家と廻船/第三節 浦賀商人の会合と文化交流/おわりに

  
コラム6 石が結ぶ浦賀商人のネットワーク ―宮井清左衛門と奇石収集― …… 吉村雅美


第三部 地域の記憶

第七章 一八八一年(明治一四)、浦賀・横須賀行幸をめぐる地域の記録と記憶 …… 椿田有希子
  はじめに/第一節 一八八一年(明治一四)行幸と地域の歓迎行事/第二節 語り継がれる行幸/おわりに

  
コラム7 浦賀久比里町の宗円寺における農事講習会 …… 大豆生田稔

第八章 地域意識の形成と歴史編さん事業 ―浦賀を事例に― …… 中村崇高
  はじめに/第一節 明治後期の「案内記」・「郷土誌」にみる地域意識/第二節 戦後の公民館活動と地域意識の形成/おわりに

  コラム8 二冊の『神奈川県誌』 …… 中村崇高

  あとがき …… 大豆生田稔





  大豆生田 稔(おおまめうだ みのる)……1952年生まれ 東洋大学文学部教授




  本書の関連書籍
  大豆生田稔編 軍港都市史研究Ⅶ 国内・海外軍港編

  上山和雄編 軍港都市史研究Ⅳ 横須賀編

  吉村雅美著 近世日本の対外関係と地域意識


 ◎おしらせ◎
 『経営史学』第55巻3号(2020年12月号)に書評が掲載されました。 評者 落合 功氏



ISBN978-4-7924-1449-8 C3021 (2019.11) A5判 上製本 口絵4頁・本文348頁 本体8,800円

  
新たな都市史研究の構築に向けて

立教大学名誉教授 老川慶喜  

 三浦半島の先端に位置する浦賀は、太平洋に接する海港で、ペリー艦隊の来航に象徴されるように、幕末には軍艦・商船・捕鯨船などを通じて海外と接触する場となった。また、浦賀は江戸湾(東京湾)の入口に位置する港町でもあり、江戸を守る海防の拠点であった。さらに浦賀は、巨大都市江戸の需要をまかなう諸商品を移入し、江戸周辺の諸産物を移出する国内貿易の要衝でもあった。

 しかし、幕末から明治にかけて横須賀が新たな海防の拠点、軍港として整備されてくると、浦賀の軍事上の拠点、国内貿易上の拠点としての地位は低下した。明治後期の浦賀船渠株式会社の開業によって浦賀は重工業都市として復活するが、戦後の高度経済成長期には東京のベッドタウンへと変容する。本書は、こうした浦賀の幕末から近・現代にかけての歴史を、第一部「幕末の海防」、第二部「国内貿易と商業」、第三部「地域の記憶」に分け、多様な分析視角からの七本の論文と一本の史料紹介、さらには八本のコラムによって明らかにしようとしたものである。
 
 第一部では、幕末の浦賀に形成された海防体制と地域社会の関わりを検討した論文と、下総国猿島郡辺田村の豪農の紀行文「浦賀記行」「江都日録」の史料紹介が収録されている。第二部では、明治前期から一九三〇年代にいたる浦賀港の出入品目の構成、数量・金額などが検討され、横須賀港の台頭や横須賀駅の開業などによって、日露戦後に浦賀港の集散地的機能が失われるが、浦賀船渠の開業以降、第一次世界大戦期を経て重工業港化が進むという、浦賀の変容が明らかにされる。そして、その上で浦賀商人が具体的にどのような活動を展開するかが、卸商の仕入活動、干鰯問屋の経営、回船業の経営活動などを通して具体的に検討されている。第三部では、一八八一年の明治天皇の行幸と浦賀の人々との接触がどのように語り継がれてきたか、「歴史の街」「造船の町」浦賀のアイデンティティがどのように形成されてきたかが検討されている。

 本書に収録された論文はいずれも実証密度が高く、史料紹介やコラムも興味深い論点を提示している。たとえば、「房総との交流」や「明治後期の浦賀歌壇と小出粲」などのコラムは、第二部所収の論文では触れ得なかった点を補完しており、浦賀の近現代史を立体的に描くことに成功している。本書の編者や執筆者は、清文堂出版から刊行された『軍港都市史研究』のシリーズや横須賀市史編纂事業にかかわっていることからもわかるように、本書は軍港都市史研究や横須賀市史編纂を踏まえて、浦賀という港町の近世から近現代にかけての歴史、とりわけ軍港都市横須賀をにらみながら、首都圏における浦賀の位置の変容を明らかにしたもので、新たな都市史研究の構築に向けた試みといえる。都市史、地域史に関心をもつ研究者はもちろん、ひろく日本史研究者に是非一読を勧めたい。
※所属・肩書き等は、本書刊行時のものです。