「和漢」の世界
和漢聯句の基礎的研究
深沢眞二著


和漢聯句の文芸形式の起こりから元禄の末までの史的考察をはじめ、漢和聯句のための韻書に関する論考、作品注釈、「聯句用字解」の解説と影印等の資料を収録。


本書の構成


第T部 和漢聯句の史的考察(中世)
  和漢聯句の世界
  聯句と和漢聯句
  桃山時代の和漢聯句
  和漢聯句の俳諧的側面 
『百物語』所引句をめぐって
  連歌の万葉像

第U部 和漢聯句の史的考察(近世)
  寛永期の和漢俳諧
  林道春と和漢聯句
  『眠寤集和語対類』考
  元禄俳壇の和漢俳諧
  芭蕉と素堂と「和漢」
  桃青らの「漢和の懐帋」をめぐって

第V部 漢和聯句のための韻書について
  『和訓押韻』考
  『漢和三五韻』の周辺
  『誹諧新式』の韻字の集

第W部 作品注釈
  和漢聯句・和漢俳諧 式目と作法の概説
  漢和聯句「僣踰花取友」百句注釈
  芭蕉・素堂両吟和漢俳諧「破風口に」歌仙注釈

第X部 資料紹介
  『聯句用字解』解説と影印
  『聯句初心鈔』翻刻
  書評・京都大学国文学研究室・中国文学研究室編
  『京都大学蔵/実隆自筆/和漢聯句譯注』
  『文明十四年/三月二十六日/漢和百韻譯注』




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ISBN978-4-7924-1415-3 C3092 (2010.1) A5判 上製本 486頁 本体9000円
前人未踏の豊饒の世界へ  深沢氏著を推す
京都大学教授 大谷雅夫
「和漢」とは、そのほんの一端をうかがい見るならば、たとえば次のような言葉の世界であった。
  花の春色そふ松の緑かな
  桃映夕陽紅(桃は夕陽の紅に映ず)
  迎客林鶯囀(客を迎へて林鶯囀る) (『
室町前期和漢聯句作品集成』)
応永二十九年(一四二二)三月二十五日「和漢百韻」。その発句は、常緑の松さえその色を増すようだと花の春を言祝ぎ、脇句は、発句の松に桃を、緑に紅を配して、夕陽の紅の中に色映える桃花の紅を描き出す。そして第三は、「梅の花見にこそ来つれ鶯の人
(ひと)(く)\/と厭ひしもをる」と古今集にも詠われたいわゆる鶯の谷渡り、ピットク、ピットクとも聞こえる警戒の声を、「客を迎へて」の囀りと聞きなしたのである。
 そのように和と漢の言葉を混淆させ、連想のままに移りゆく景と情を楽しむ豊かな遊びの世界が「和漢」であった。社交の具としてかつて大いに喜ばれたこの文芸が、従来国文学の研究対象とされること稀であり、深沢氏の新著がその分野における空前の研究書となったのは、むしろ怪訝なことと言わざるを得ない。
 しかし、その「和漢」が、あまたの国文学者の渉猟探討の今まで及ばぬ世界であったのは、連歌にもおとらぬその煩瑣な式目のゆえであるとともに、それ以上に、和と漢の文芸の双方を熟知することが作品そのものの理解の前提だったからだろう。中近世、「和漢」に遊ぶことができたのは時の最高の知識人であった。彼らの知識の体系を熟知する者にあらずんば、この遊びの妙を味わうことは出来ない。特に漢句が難しい。漢句を踏まえた和句にもまた、連歌の句以上の難しさがあったのである。
 深沢氏著の特色の第一は、『和訓押韻』『漢和三五韻』などの韻書の研究にその基礎をもつことである。漢和の聯句に用うべき韻字に附せられた和訓および語注は、聯句の参加者の和漢の知識のいわば索引である。それらの辞書の成り立ちを究めることは、彼らの知識のいちいちをたぐり寄せ、その体系を一望するために不可欠な手段であり、またその捷径でもあったはずである。
 そして特色の第二は、漢和聯句、和漢俳諧の作品の注釈をもつことである。そのうち漢和聯句の注釈の方は、大幅な修正を施されてはいるものの、氏の大学院生時代の仕事にもとづく。大学院生が論文ではなく注釈を発表することは極めて珍しい。論より訓詁。「和漢」の研究は、まずはそれを正しく読むことから始められなければならない――若き日のその初志は、ここに見事な達成を見るだろう。簡にして要を得た注釈は、遠く見えた「和漢」の世界までやすやすと読者を運んでゆくに違いない。
 特色の第三以下は挙ぐるに暇がない。和漢聯句の歴史が中世、近世と丁寧にたどられ、それに連なって漢和の俳諧の俳諧性が論じられる。式目の解説も懇切である。「和漢」の世界の最初の渉猟者として、各地に散在する資料を求めての調査の労はいかばかりであったか。その成果の一端も紹介される。
 昭和五十九年に修士論文「貞門における誹諧の和漢漢和」を提出して以来の、四半世紀をこえる深沢氏の学業の集大成を、従来の国文学史の欠を補うべき一大壮挙として推挙したい。


※所属・肩書き等は、本書刊行時のものです。