旅する俳諧師
芭蕉叢考 二
深沢眞二著



平成27年度文部科学大臣賞(伊賀市・芭蕉顕彰会)受賞
芭蕉と曾良、そして清風ら地元の俳人たちの表現の差違を微細に汲み取り、芭蕉の目指した俳風や当時のありかたを描き出す。



■本書の構成

おもへばさびし秋の暮 ―序にかえて―

発句篇

枯野の夢夏艸の夢
「数ならぬ身」の思い ―理兵衛と寿貞―
獺の祭見て来よ ―七十二候と俳諧―
萩の旅路
「菊の香」幻想
芭蕉発句叢考
  其の一 小倉ノ山院にて
  其の二 大井川を詠む
  其の三 須磨の風
  其の四 明石の月
  其の五 秋ちかき心のより
  其の六 ひやひやと
  其の七 四門四宗
  其の八 深川の眠れぬカモメ


連句篇

  俳諧式目表
  先行注釈一覧

「すゞしさを」歌仙注釈
「おきふしの」歌仙注釈
「さみだれを」歌仙注釈
「御尋に」歌仙注釈
「有難や」歌仙注釈
旅する俳諧師 ―出羽七歌仙から見えること―

  発句および連句索引
  あとがき 初出一覧




  ◎深沢眞二(ふかさわ しんじ)……1960年山梨県甲府市生まれ 京都大学大学院文学研究科博士後期課程単位取得退学 文学博士(2005年 京都大学) 現在、和光大学表現学部総合文化学科教授




 著者の関連書籍
 深沢眞二著 風雅と笑い―芭蕉叢考

 深沢眞二編著 近世初期刊行連歌寄合書三種集成 全二冊

 深沢眞二編著 「和漢」の世界



ISBN978-4-7924-1431-3 C3092 (2015.1) A5判 上製本 476頁 本体8,500円

  学識と感性の融合した芭蕉論


  学習院大学教授 鈴木健一

 深沢眞二さんの研究者としての特徴の第一は、なんといっても学識が豊かなところである。これは、若い頃から和漢聯句の読解によって鍛えられたものであろう。私は、まだ二十代の頃、当時国文学研究資料館の助手だった深沢さんに誘われて和漢聯句の勉強会に参加したことがあるが、そこで次々と繰り出される深沢さんの和漢にまたがる学識のすごさに、「同い年でこんなに物を知っている人がいるのか!」と驚愕した。深沢さんの和漢聯句の業績はすでに『「和漢」の世界 和漢聯句の基礎的研究』(清文堂出版)としてまとめられており、今や中世後期から近世初期にかけての知のありかたを考える上では決して外すことのできない一書となっている。
 特徴の第二は、詩人としての感性を持っていること。和漢聯句の読解で基礎を作った後、芭蕉の句の読解へと発展し、こちらもすでに『風雅と笑い 
芭蕉叢考』(清文堂出版)という一書がある。また、近年では、連句の実作について論じた『連句の教室 ことばを付けて遊ぶ』(平凡社新書)もある。
 特徴の第三は、前二者が深沢さんという一人の人物に兼備されていること。学識が豊かな人はそれなりにいるだろうし、詩歌を読む感覚が鋭い人も一定数いるが、両方となると、これは相当むずかしい。深沢さんはその稀なことを傍から見ると易々とやってのける人である。
 今回刊行される『旅する俳諧師 
芭蕉叢考 二』では、それらの特徴が遺憾なく発揮されて、芭蕉の発句と連句の読解のおもしろさが数多く味わえる。巻頭の力作「枯野の夢夏艸の夢」をちょっと読んだだけでも、そのめくるめくような知識と感性の世界の虜となろう。「夏草や兵どもが夢の跡」は、自然は何度もその生命を復活させるけれども、はかない命しかない人間は功名を夢見つつも戦場に散ってしまい、そこにはただ夏草が茫々と生い茂っているだけだ、というような解釈が通例なされている。だが、深沢さんは膨大な資料の読み込みによってそうではないと判断する。では、どのような解釈なのか。それはぜひお読みいただいて、ご堪能下さい。
 連句篇、出羽七歌仙にも言及しておこう。今日、『おくのほそ道』における句や文章については相当研究が進んでいようが、その道中に各地で興行された連句作品については未解明なところも多い。しかし、それを射程に入れないと、芭蕉がこの旅に求めたものは把握できないのだ。なぜなら、各地の連衆の俳諧表現をどう指導したかという具体相にこそ、芭蕉が俳諧師として旅に何を求めようとしたかの意図がこめられているからだ。深沢さんは、粘り強くそのことに立ち向かい、芭蕉と曾良、そして清風ら地元の俳人たちの表現の差違を微細に汲み取り、芭蕉の目指した俳風や当時のありかたを描き出していく。その結論は、やはり実際にお読みいただくことにして、ここではこれ以上触れずにおく。
 犀利で力強いその分析が、私たちを解釈の愉楽という地平に導いてくれることはまちがいない。ぜひ本書をお買い求めいただきたい。


※所属・肩書き等は、本書刊行時のものです。